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09 見たのは、正夢……?

 
 着替えてベッドに入った盟を視界の端に入れながら、わたしは盟が買ってきた雑誌をめくった。
 
『……やぁっぱり、この笑ってるのがいいよなぁ、『ななこ』らしくて』
 
 さっきの盟の独り言。
 どうして、『なーこちゃん』じゃなく、『なーこ』ですらないの?
『ななこ』っていうのは、彼女の本名?
 それって、やっぱり……なーこのことをよく知ってるってこと?
 
 ……やだ、わたし。もう考えない、って決めたのに。
 いま、盟はわたしの目の前にいる。それだけが、確かなことなんだから。
 
 そう自分に言い聞かせて、ぱらぱらっと雑誌をめくって……あ、高橋くんの連載しているページ。
 いまプロモーション真っ最中の新曲のPV(昨夜、テレビで流れてたものだと思う)の撮影のときのことが書かれてる。
 
『撮影の合間に、みんなで雪合戦をしていた』とか。
『屋内スキー場でかまくらを作ろうとして、施設の人に怒られた』とか。
 
 そして、『翌日、高熱を出してしまったけれど、今回のPV撮影はいろいろと得るものが多かったと思ってる』と締めくくられてる。
 文章の横には、少し笑った高橋くんの横顔の写真。
 
「紗弥香ぁ…………」
 
 ベッドの上をごろごろとして落ち着かない様子だった盟が、なんだか弱々しい声でわたしを呼んだ。
「……ん? 何?」
「あのさぁ、ボクが寝付くまで、ここにいてくんない?」
 
 と、盟は自分の横に空いてるスペースをとんとんっとたたいた。
 
「どうしたの? 疲れ過ぎて、眠れないとか?」
「ん……っていうか、一人で寝たら、高橋に殺される夢でも見そうで怖い」
「高橋くんに……?」
 
 雑誌の高橋くんの連載記事を見て思い出したらしい何かが、まだ尾を引いてるらしい。
 
 PV撮影のときにケンカでもしたのかな?
 雪合戦のときに、雪玉の中に石でも入れておいたとか。
 昔、近所の友達と遊んでるときに、そんなことがあったなぁ。
 当然、近くにいた大人にしっかり怒られてたんだけど。
 いまも、昔も……そういう子供っぽいところ、変わってない。
 
「もぉー、盟はおこちゃまだからっ。仕方ないから、この紗弥香ねぇさんが一緒に寝てあげるっ」
 
 怒られてしょげてる盟を、こうしてお姉さん面して慰めたこともあったな……なんて考えながら、わたしはベッドにもぐりこんだ。
 
「あれ、紗弥香って、ボクより年上だったっけ?」
 
 盟は、意外そうな表情でわたしを見た。
 大人になったいまなら、そういうのは『年上』とは言わないの、分かるけど。
 幼い頃のわたしにとっては、結構重要な『差』だったのだ。
 
「……一週間だけねっ」
「えっ、マジで!?」
「うん。いくつだと思ってた?」
「んー……同じくらいかな、とは思ってたけど。そんなに誕生日近いとは思わなかった」
 
 ベッドの中で仰向けになった盟は、シャツの袖口で軽く目をこすって、ふぅ……っとため息をついた。
 ぼんやりと天井を見つめて……きっと、疲れているのは本当だろうから、そろそろ眠いのかもしれない。
 わたしは話しかけるのをやめて、盟にぴたっと身体をくっつけた。
 
 天気の良い平日の午前中。
 仕事を休んで大好きな人とこうして一緒に過ごせるなんて、とても贅沢な気がする。
 ずっとこのまま……盟のそばにいられたら――――。
 
「んー…………」
 
 ギシッ……とベッドが音を立てたと思ったら、盟が身体をわたしの方へと向けた。
 顔を上げると、盟がわたしの方をじっと見てる。
 
「……盟? やっぱり眠れないの?」
 
 わたしが聞くと、盟は軽く笑って、
 
「別に? 自分の彼女の顔見てたらダメなの?」
「ううん、そういうわけじゃ、ないけど…………なんか、恥ずかしいし」
 
 と、いうか……盟にこんな風に見つめられるなんて、初めてのような気がする。
 珍しくわたしの目をまっすぐに見つめた盟は、ニッと笑った。
 
「いまさら、何言ってんの? もっと恥ずかしい顔、いっぱい見てるし」
 
 えっ……ちょっと待って。
 やっぱり、なんだかいつもの盟と違う。
 もしかして、まさか……とは思うけど。
『誕生日が近い』ってことがきっかけで、わたしが『幼馴染のさーちゃん』だってことに気づいた……?
 
「は、恥ずかしい顔? ……どんな?」
 
 家族ぐるみで出かけた遊園地で迷子になったときの『泣き顔(鼻水付き)』とか?
 それとも、『小さい頃テレビで流行ってたギャグのモノマネ』とか?
 もし、覚えてくれてるなら、できるだけマトモな顔が…………。
 
「ほら、例えば……こんな……」
「んっ……や、やだ、盟っ。どこさわってんのっ?」
「『どこ』って……そういうの言ってほしい? 紗弥香って、実はドM? ここ……××××が××××で××××……」
「ちがっ……そういう意味じゃなくてっ」
 
 わたしが『幼馴染のさーちゃん』だってことに気づいたわけじゃなかったんだ。
 なんだか、ホッとしたような、がっかりしたような……。
 だけど……。
 
「紗弥香さぁ……クリスマスに欲しいものある?」
「え? 何? ……んっ……ク、クリスマス?」
「うん。……もうすぐじゃん。だけど、イブはボク、生放送の仕事が入ってんだよね。一緒にはいられないから、……せめて、プレゼントだけでもって思って」
「んんっっ……べ、別に、いいよっ。去年だって……そう……だったし……あんんっ……」
「新曲のプロモーションが終わったらさ、少し時間作れると思うんだ。さすがにこの時期……オフは無理だけど。だから、何が欲しいか、考えといて」
「んっ……っっ……わ、わかっ……」
「……あ、それとも、こういう言葉の方がいい? ××××が×××で××××……とか、×××××だよ、とか……」
「そっ……そういう言葉は使っちゃだめっ。盟のファンのコが聞いたら卒倒しちゃうっ……」
「ファンがどこで聞いてるってんだよ。っていうか、紗弥香だって……ほら、もう×××が××××だぞ?」
「だから……もうっ……んんんっっ…………」
 
 だけど……じゃぁ、どうして?
 どうして、盟はわたしのことをまっすぐ見つめてくれてるの?
 どうして、わたしを抱きしめるこの腕が優しいの?
 
「盟……」
「……ん? 何?」
 
 クリスマスプレゼントなんて、何も要らない。
 盟が、他の誰を好きでいたって、構わないから。
 ずっと……そばにいて――。
 
「大好きだよ、盟……」
 
 わたしは、盟を抱きしめて呟いた。
 とても小さな声で。
 
 いつもみたいに、盟の心の壁に跳ね返されると思ってた。
 けど、盟は視線を逸さないで、何も言わずにギュッ……と抱きしめてくれて。
 わたしの目を見つめたまま、フッと優しく笑った。
 
 一昨日までの暗さも、さっきの挙動不審ぶりも、どこにもなくて。
『あの人』でもなく、『あのコ』でもない……わたしを見てくれてるの?
 
「紗弥香……」
「……ん?」
「なんか……すげぇ……眠い」
「疲れてるんでしょう? 眠れるときに寝ておかないと」
「ん……じゃ、続きは……後で」
 
 言いながら、盟はきゅっとわたしを抱きしめ直して、
 
「……おまえがいたら……犬飼わなく……ても…………」
 
 そこまで言って、すぅ……っと眠ってしまった。
 
 ……? どうして、急に犬の話題? とか思ったけど。
 わたしを抱きしめたまま眠る盟の寝顔がとっても穏やかで。
 そんな盟の寝顔を見てたら、『あの人』のことや『あのコ』のことなんて、なんだかどうでもよくなってしまって。
 カーテンを通してわずかに届く陽の光と、盟の腕に包まれてるのがすごく心地よくて。
 
 今年の大晦日には、盟に『あさ田』のそばを食べさせてあげよう。
 そして、『わたしが幼馴染のさーちゃんだよ』って言おう。
 
 ……そんなことを考えながら、そのままわたしも盟と一緒に、眠ってしまった。
 
 
 
 ****
 
 
 
 夢を見たんだ。
 10年後の自分の夢。
 
 ボクと紗弥香と子ども二人がいて、ボクの実家の近所のそば屋『あさ田』で年越そば食ってんの。
 毎年恒例だった年越しライブを数年前に後輩に譲り渡して、家族で念願の年越しそば。
 
 紗弥香に似て、おとなしい感じの女の子と。
 ボクに似て、いたずらばかりしてそうな男の子。
 
 で、どういうわけか、紗弥香は『あさ田』の調理場でそば茹でてんの。
 藍色の三角巾と割烹着まで身に着けて。
 しかもそれが妙に似合ってんの。
 まるで昔からそうして袖を通していたみたいに。
 ……おっかしいよな。
 
 でも夢の中のボクは、全然疑問に思うどころか当然のように思ってて。
 
 40歳近くなったボクと。
 同じく40歳近い紗弥香と。
 幼稚園児くらいの子どもたちと。
 長野にいるボクの両親と。
 まだ会ったことのないはずの紗弥香の両親。
 みんなで笑ってそば食いながら、年を越す……そんな夢。
 
 目が覚めたとき、隣で眠ってる紗弥香の顔を見ながら思ったんだ。
 いまの夢は、きっと正夢になるって。
 そして、そうであってほしい――と。
 
 もちろん、いますぐ結婚なんて無理だけど。
 年が明けたら紗弥香の両親に挨拶しに行って。
 長野のボクの両親にも紗弥香を紹介して。
 この日見た夢を正夢に……現実にするために、紗弥香と二人で歩いていこう……そう思ってた。
 
 そう……この数日後、『あのシーン』を見るまでは。
 
 

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