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01 実は、熟女キラーな件。

 
 
 
「お電話ありがとうございます。ハギーズ事務所です」
 
 事務所に鳴り響いていた電話の受話器を取った俺は、慣れ切った口調で応対を始めた。
 俺が『タレント』として在籍しているハギーズ事務所は、他の同程度の事務所と比較すると、所属するタレントの数に対するスタッフの数が割と少ない。
 だから、手の空いているスタッフがいないときに、こうしてタレントが事務的業務をこなすことは日常茶飯事だ。
 
「申し訳ございません。萩原はぎわらはただいま外出しておりますが――」
『あら、その声……樋口ひぐちくん?』
 
 バレた。
 
「……はい。お久し振りです」
『やぁね。私って分かってて無視するつもりだったでしょう』
「いえ、あの、仕事ですから」
『挨拶くらい、ちゃんとしなさいよ。それも仕事の内でしょう。ところで、久し振りに、今晩逢わない?』
 
 出たな、この色情魔。
 
「すみません。今日はちょっと忙しくて」
『嘘おっしゃい。事務所にいるってことは、暇だってことでしょう。だいたい、あなたのスケジュールはコッチに筒抜けなのよ』
 
 つ、筒抜けって、なんでだよっ。
 
「いや、でも、本当に」
『命令よ。社長命令。いいわね?』
 
 社長命令って。あんた、ウチの事務所の社長じゃねぇだろっ。
 
『分かったの?』
「…………はい。分かりました」
『場所はいつものところね。時間は……』
 
 指定の時間を確認した俺は、通話が切れた受話器を置いて、大きくため息をついた。
 情けねぇけど、どうにもこうにも逆らえねぇ……。
 
「どうしたの? そんな浮かない顔して」
 
 声を掛けられて、デスクに伏せていた顔を上げる。
 打ち合わせを終えて戻ってきた、Hinataのマネージャー、深谷ふかやだった。
 
「別に、何もねーけど」
「あ、電話受けてくれてたんだ。誰からだった?」
「……飯森いいもり社長」
「あぁ、モリプロの女社長ね。なるほど。だからそんなに暗い顔してるんだ、マダムキラーは」
 
 手にしていた書類を整理しながら深谷は、からかうようにして笑う。
 
「どうして、そんなに熟女にモテるのかな、樋口くんは」
「知らねぇ。俺だって、年相応に若いオンナとフツーに付き合いてぇよ」
「声掛けてみたらいいじゃない。番組で共演とか、あるでしょう?」
「俺が声掛けてみようかと思ったときには、先に中川なかがわが声掛けてるか、高橋たかはしが声掛けられてるか、のどっちかだろ。あと、……深谷も」
「僕?」
「仕事中に若くてキレイなタレントに声掛けられて、鼻の下伸ばしてんじゃねぇよ。これから現場来るときは、『既婚者です』ってタスキでも掛けとけよ」
「そうだね。ついでに『三人の子持ちです』も書いておこうか。樋口くんが事務的な仕事も手伝ってくれるおかげで、ウチは家庭円満だよ」
「中川と高橋にも少しは手伝わせろよ。特に、中川。あいつ、電話の一本もロクに受けたことないだろ」
「仕方ないよ。彼らはいつも、仕事もプライベートも忙しいようだから。はい、コーヒーどうぞ」
「あぁ、サンキュー」
 
 深谷の淹れてくれたブラックコーヒーを少し口に含む。
 中川は、『深谷の淹れてくれる紅茶は世界で二番目に美味い』と言っていた。
 高橋には、仕事終わりに飲む炭酸飲料を欠かさない。
 そして、この飲みごろの温度で俺好みの、濃いめのコーヒー。
 そんな何気ないことで、深谷は最高のマネージャーだ、と思ったりする。
 
「ところで、飯森社長には今日逢うの?」
 
 同じようにコーヒー(こっちは砂糖とミルク入り)をすすりながら、深谷が聞いた。
 
「あぁ、忙しいとは言ってみたんだけどよ、聞く耳持たねぇっつーか」
「用があるんじゃない? あ、そうそう。今話しておこうかな。今度ね、映画の話が来てるんだ。撮影は来年の夏ごろからの予定だって」
「またかよ。昨日から無人島で撮ってんじゃねーか。高橋も出ずっぱりだな」
「いや、高橋くんじゃなくて、樋口くんに」
「俺?」
 
 まだ本決まりじゃないんだけど、と差し出された簡単な資料に、ざっと目を通す。
 内容は、一言……本当に一言で言うと、こんな感じだ。
 
 伝説のホストと、彼に恋をしたスーパーの店員。
 そして、二人の仲を引き裂こうとするのは、彼の超得意客である女社長。
 彼が選ぶのは果たして、恋か、それともカネか。
 
「なんだこれ。『伝説のホスト』っつーのが、俺か?」
「そう。まんまだよね」
「俺はホストじゃねぇっつーの。しかも、ありがちで全然面白くなさそうっつーか」
「そういう肩の力を抜いた映画も必要だよ。ちなみに、予算は、いま高橋くんが撮影してる映画の五分の一くらい」
 
 むしろ、高橋が出てる超大作映画の五分の一も予算があるっつーことに驚きだろ。
 
「で、共演者は? この『スーパーの店員』とか『超得意客の女社長』とか」
「そこまではまだ、僕には話が伝わってきてないんだ。だから、今日、飯森社長に逢ったら聞いてきてよ」
「……は? この映画、飯森社長と何か関係あんのか?」
「今回はモリプロが主導権持ってるの。『スーパーの店員』はモリプロ所属の女優さんになるらしいけど」
「モリプロの女優……」
 
 あの事務所、どんなタレントが所属してたっけな。
 まずパッと浮かぶのは、飛ぶ鳥を撃ち落としまくってる勢いで活躍中のAndanteアンダンテか。
 二人組のアイドルユニットで、そのうちの一人は、高橋の妹の奈々子ななこちゃんだな。
 いや、でも、奈々子ちゃんは『スーパーの店員』ってイメージじゃねぇよな。
 どっちかっつーと、『コンビニのアルバイト』の方が似合う気がする。
 もしくは、『渋谷辺りのショップ店員』とか。
 
 この資料からすると、『伝説のホスト』と『スーパーの店員』は恋愛関係に発展するらしい。
 相手が奈々子ちゃんだとすると、その兄である高橋の反応が気になって、演技どころじゃなくなっちまう。
 
 ……そういえば、奈々子ちゃんとユニット組んでる、もう一人の『SHIO』ってコもいたよな。
 どんなコだったっけな……。歌番組で一緒になったことは何度かあるんだが。
 ショートパンツからスラリと伸びる脚が、もうスゲェ『美脚』だっつーことくらいしか、記憶にない。
 Andanteの方に視線を向けてると、『奈々子ちゃんを見ている』と高橋に思われそうな気がして、あんまりじっくり見たことねぇんだよな。
 
 どっちにしても、こんな注目度の低そうな映画に、いまこの業界で大注目されているAndanteが出るワケねぇか。
 あのモリプロには、女優なんて他にもピンキリで腐るほどいるからな。
 
「そういう話なら、しょーがねぇな。まあ、飯森社長ならウマいもん食わせてもらえるし。リーダー会議の準備、まだ全然進んでねぇけど」
「今度のリーダー会議は新曲プロモーションの真っ最中だしね、頼めるところは若いコたちに任せれば? それで、その近辺のスケジュールなんだけど」
 
 スケジュール帳から顔を上げた深谷は、自分のデスクの引き出しから、一枚のメモ用紙を取り出した。
 
「無人島に旅立つ直前に高橋くんが残していった置き手紙」
「高橋が?」
 
 見てみると、メモ用紙にはこんな走り書きが。
 
『深谷さんへ 誕生日にオフください。 高橋』
 
「……あいつ、何考えてんだ。あいつの誕生日っつったら、今月のリーダー会議の前日だろ?」
「そうなんだよね。高橋くんが自分からオフの要求するなんて滅多にないから、できれば休ませてあげたいんだけど」
「甘いぞ深谷。『誕生日に休ませろ』なんて、どうせオンナ絡みだろ」
「……かなぁ。んー……一応、『カノジョがいる』って報告は受けてるんだけど」
「げっ、マジかよ。で、相手は誰だって?」
「いや、それが……」
 
 深谷は腕組みして、ため息。
 
「彼の言うことは、一体どこからどこまでがホントなのか……。いや、ホントっぽい言い方だったし、仲が良さそうなのは見てて分かるんだけど、相手方のマネージャーに聞いてみても、『あり得ませんよ』って一笑されるし」
 
 独り言のように深谷は呟く。
 その時の俺は、高橋の『カノジョ』が、まさか、あの『モテないお笑い芸人』だなんて、これっぽっちも、思いつかなかった。
 
 
 
 
 
 
 
「最近、あまり食べなくなったわね」
 
 テーブルの斜め左側で、ムダに化粧の濃い婦人がえらく不満げにつぶやいた。
 
「俺も、もうそんなに若くはないんで。でも、そこらの三十路男に比べたら食べる方だと思いますよ。やっぱ、それなりに動いて消費するし」
「若い男がガツガツ食べてるところが見たいのよ」
「一緒に食事がしたいだけなら、他の若い連中を誘ってやってください」
「そうね。そろそろ新しいメニューの試食っていうのも悪くないわね」
千里ちさとさん」
 
 ナイフとフォークを置き、軽く婦人を睨みつける。
 
「冗談よ」
 
 婦人は両手の指にいくつも輝く高そうな(いや、実際とんでもなく高いのだろう)指輪を眺めながら微笑んだ。
 
 婦人の名は、飯森千里いいもり ちさと
 多くの女性タレントを抱える芸能プロダクション、モリプロの社長だ。
 俺の母親と同年代のはずだから、おそらく五十代の後半あたりだろう。
 13年前、俺がHinataとしてデビューした頃に知り合った。
 ほんの数日前に拉致られるまで、ただの高校生でしかなかった俺を、彼女はなぜかいたく気に入ったようで、以来、何かと世話になっている。
 俺が舞台を中心に活動するようになったのも、彼女が社長という立場でありながら、舞台女優の朝川あさかわユリのマネージャーを務めていたことが、大きな理由だったりする。
 
 その辺りの細かい経緯については、適当に想像してくれて構わない。
 俺、一生語る気ねぇから。
 
「美味しい?」
「そうですね。イースティンホテルのルームサービスですから。しかも、部屋はエグゼクティブだし、この夜景は何度見ても飽きないし」
 
 これで、一緒にいるのがもっと若いオンナだったら文句ナシなんだけどな。
 
「いま、『一緒にいるのがもっと若い女の子だったらよかったのに』とか思ったでしょう」
「え? いや、そんなこと考えてないですよ」
「嘘。顔に出てたわよ」
 
 思わず口元を手でパッと覆うと、飯森社長はしたり顔で微笑んだ。
 ……カマかけやがったな、このクソバ(以下、自粛)。
 
「カノジョとかと来たことはあるの?」
「俺の収入じゃ、こんなところ、そう簡単には来れませんよ。それに、カノジョなんていません」
「あなた、いつもそう言うけど、本当にカノジョいないの?」
「本当です」
「一度も?」
「えぇ、一度も」
 
 疑い半分、呆れ半分で俺を見つめた飯森社長は、煙草を取り出して口にくわえる。
 俺は反射的にテーブルの上のライターを手に取って、そのくわえられた煙草に火を点けた。
 
「カノジョができたら、ちゃんと言いなさいよ。私たちに気を遣うことなんてないんだから」
 
 煙草をくゆらせながら飯森社長は、眼下に広がる東京の夜景を眺めた。
 最高級ホテルの19階にあるエグゼクティブルームから見える景色はほどよく開けていて、レインボーブリッジと東京タワーが一望できる。
 俺は、この景色が結構気に入ってる。
 三か月前に朝川ユリと逢った別のホテルは高層ビル群のど真ん中で、なんだか落ち着かなかったな。
 
「ところで、千里さん」
 
 頃合いを見計らって、俺は本題を切りだした。
 
「俺に映画の話が来てるって聞きました。モリプロが主導権を握ってるそうですね」
「あら、もう聞いたの? 早いわね」
「詳しいお話、聞かせてもらえませんか? 資料に書いてあった脚本家や監督は無名の方だし、情報が少なすぎます。あと、共演予定の女優とか……」
「焦ってもいいことなんてないわよ。そういう話は後でゆっくりしましょう。いまは、それより先にすることがあるでしょう?」
 
 言い終える前に婦人は俺の胸元に手を伸ばして、ジャケットをするりと脱がす。
 同時に俺の唇は、真っ赤な口紅が塗りつけられた唇で塞がれた。
 
 毎度のこと、だ。
 この婦人は、時々思いついたようにこの高級ホテルに俺を呼び出して、こうしてカラダを求めてくる。
 飯森社長だけじゃない。
 この業界に関係する様々の職種の、……おそらく両手でギリギリ足りるくらいの数のご婦人方からも、程度の差はあるものの同じような扱いを受けている。
 彼女たちは、ときにライバル意識を燃やし、ときに妙に結託して、俺を弄ぶ。
 
 俺は『出張ホスト』じゃねぇんだよ。
 
 言えるもんなら、言ってみてぇ。……けど、言えねぇ。
 強要されてるワケじゃねぇんだ。誤解のないように言っておくと。
 
 知っての通り、俺はデビューするまで、ただのフツーの高校生だった。
 ハギーズの研修生として既に豊富な経験と実績のあった中川や高橋とは違う。
 真っすぐ地道に努力してるだけじゃ、いつまで経っても同じ位置には並べない。
 だから、彼女たちの持つ『チカラ』が俺には魅力的に見えたし、必要不可欠なものでもあった。
 言い換えれば、俺の方も彼女たちを良いように利用させてもらってる、ってワケだ。
 
 今の生活に不満なんてない。
 ウマいもん食わせてもらえるし。
 最高の夜景を何度も見られるし。
 仕事の方も、何の問題もなく円滑に進められる。
 親子ほど歳の離れた婦人のカラダを抱くことも、もう何の抵抗も感じない。
 
 ただ、時々ふと思う。
 ――そろそろ、フツーの恋愛ってモノもしてみたい。
 なんだかんだで、気がつけば『カノジョいない歴 = 30年』。
 それも、来年早々には、さらに一つ更新される予定。
 ……このままじゃ、一生、結婚できそうにねぇな、俺。
 
 
 

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