スポンサーリンク

02 気まずい、空気。

 
「いいよなぁ、おまえは。あんなカワイイ妹がいてさぁ」
 
 中川が小声で呟く。
 
「……別に。一緒にいると疲れるし」
 
 と、高橋。
 
「えぇっ!? ボクなんか、今、一瞬目が合っただけで癒されたぞ? ああいうのを『癒し系』って言うんだろ?」
「どこが?」
「笑顔だろ、笑顔。あの『ニコッ』で惚れない男はいないって」
「ふぅん。じゃぁ、盟くんはあいつに惚れてるの?」
「いや、それはまた、別の話だろ? おまえの妹は、ボクにとってだって、妹だよ。ねぇ、直くん?」
「……っつーか、おまえらいい加減にしろよ。今が生放送の本番中だってこと忘れんな」
 
 俺が注意すると、二人(っつーか、主に喋っていた中川)はようやく黙って、他の出演者のトークに耳を傾ける。
 
 生放送の歌番組、ウタステ。
 もうすぐ発売になるHinataの新曲の、テレビ初披露だ。
 偶然、高橋の妹(ということは、秘密)の奈々子ちゃんがユニットを組むAndanteも出演中。
 その奈々子ちゃんと『目が合った』というだけで、コイツ……中川は浮かれてやがる。
 
 確かに、奈々子ちゃんはカワイイ。
 カワイイけど、何か、こう……違うんだよな。
 俺としてはどっちかっつーと、奈々子ちゃんみたいな『ほわ~ん』としたコよりは、『シャキッ』ってカンジの方が……って、おおぉっ!?
 
 いるっ。いるじゃねーか。
『ほわ~ん』の隣に、『シャキッ』がっ。
 
 見事な脚線美だけじゃねぇ。
 顔も、結構好みのタイプ――――。
 
「…………ですか、樋口くん?」
「あ、……えっ?」
 
 スタジオ中から刺さる視線。
 モニターに映し出された、俺のマヌケ面。
 
「ダメじゃん、直くん。SHIOちゃんの脚ばっかり見てないで、コモリさんの話、ちゃんと聞いてなきゃ」
「はぁっ!? い、いやっ、だって、あんなキレイな脚、フツー見るだろっ?」
「SHIOちゃーん、この人、その脚で蹴られたいそうでーっす」
「蹴ってくださーいっ。……って、何を言わせるんだっ」
「生放送の本番中に、なぁにやってんだ、こいつらは?」
 
 中川と俺のやりとりに、コモリさんからの軽いツッコミ。
 スタジオには、観客の微妙な笑い。
 
 肝心の彼女の反応は……うわっ。思いっきり引いてるし。
 ……ホント、マジで何やってんだ、俺。
 
 
 
 
 
 これがある意味、俺にとっては『出会い』だったワケなんだが。
 この手の『おっ、結構好みのタイプっ!』は、正直、日常的にチラホラあるワケで。
 このときの出来事も、番組が終わって家に帰る頃には、すっかり忘れてしまっていた。
 
 
 そんな中、俺が彼女のことを、それなりに意識するようになったのは。
 新曲の本格的なプロモーションがもうすぐ始まるという、11月下旬。
 
 
 
 
 
 
「……それでは、お二人のご結婚を祝して……かんぱーい!!」
 
 以前からよく番組で共演している、水谷さんというモデル出身の女優の、結婚パーティーの二次会。
 高橋は映画の撮影で無人島に行っているから、中川と俺の二人で、この二次会に参加させてもらうことになった。
 偶然、高橋の妹(ということは、くどいようだが秘密)の奈々子ちゃんも来ている。
 
 で、今の状況はっつーと。
 細かいことは端折るが、簡単に経緯を説明すると。
 あの熱血エロ王子が、お笑い芸人たちの『アイドルとツーショットで写メ大会』から奈々子ちゃんを救い出したところだ。
 なぜか、奈々子ちゃんと共に席を立つことを躊躇っていた、AndanteのSHIO(後に知ることになるんだが、彼女の名前は『須藤汐音すどう しおね』と言う。今後は、地の文では基本的に『汐音』と呼ぶことにするからな)も一緒に。
 
「じゃぁ、座って。ボク、ドリンクもらってくるけど、何がいい?」
 
 奈々子ちゃんは勢いよく手を上げて、
 
「あ、あたしも一緒にいくっ!!」
「SHIOちゃんは? 何がいいかな?」
 
 中川が問うと、汐音は眉間にしわを寄せた。
 
「あの……今日は、高橋さんはいないんですか?」
「今日はね、あいつ映画の撮影で来てないんだ。だから、大丈夫だよ」
「……『大丈夫』?」
 
 中川の言葉に、汐音は眉間のしわをさらに深くした。
 ……ん? なんでだ?
 
 
 
 
 
 
 中川と奈々子ちゃんがドリンクを取りに席を立つと、俺と汐音の二人は、テーブルを挟んで向かい合って座った。
 そして…………沈黙。
 
 気まずい。非常に気まずい。
 会話の糸口が見つからねぇ。
 
 あぁあああぁ、くそっ。こんなことなら、俺が奈々子ちゃんと一緒にドリンクを取りに行けばよかった。
 奈々子ちゃん相手だったら、もし仮に会話がなくても、こんなに苦痛に感じねぇだろ。
 カウンターで親しげに奈々子ちゃんと話してる中川が、ある意味うらやましい。
 
 ……そう言えば。
 さっきの彼女の『……大丈夫?』は、いったいどういう意味なんだ?
 中川は、『奈々子ちゃんの兄である高橋は来てないから、彼らが兄妹だってことはバレないよ』という意味で、『大丈夫』と言ったんだよな。
 だけど、その意味が、彼女にはどうやら通じてない。
 
 ……まさか、知らねぇのか?
 いや、それだけにしては、あの眉間のしわの寄せ具合、ハンパねぇカンジだったよな。
 まるで、何かを嫌悪しているみてぇな。
 
『嫌悪』? ……誰を?
 
 中川を? ……いや、違うな。
 あの軽いエロ王子に対して、やや引いてるだろうとは思うが、それとはまた違う気がする。
 
 っつーことは……俺かっ!?
 
 ああっ! 今頃思い出したが、もしかして、この間のウタステんときのことか!?
 ここはひとつ、きちんと謝った方が…………。
 
「おっまたせぇっ!! はいっ、SHIOちゃん。モスコミュールが好きなんだって?」
 
 戻ってきた中川が、汐音の前にグラスを置いて、俺の隣に座った。
 結局、謝るどころか、何一つ会話も無しかよっ!!
 
「……ありがとうございます」
 
 汐音はそう言ってグラスに口をつけた。
 ……なんか、すげぇ居心地悪そう。
 そりゃぁ、そうだよな。
 この場所へ自分を引っ張ってきた相棒が、今ここに、いねぇんだから。
 
「おい、中川。なーこちゃんはどうした?」
「うん、なんか店員が話あるって。なんだろね? 前にこの店で何かやらかしたんじゃない?」
「何か……って、なんだよ?」
「いや、分かんないけど。あいつなら店ごとに100個くらい武勇伝作ってそうじゃない?」
「あぁ、なんか、なーこちゃんならありそーだな」
「あの……おふたりとも、なーこと親しいんですか?」
 
 汐音は困惑した表情を浮かべている。
 
 ……マズった。
 やっぱり彼女は、『奈々子ちゃんが高橋の妹だ』というコトを知らねぇんだっ。
 
「あ……いや、ほら、テレビ見ててさ、そんな感じのキャラかなー、って思ってたんだけど。ねぇ、直くん?」
「あ? あぁ、そうだなっ。っつーか、俺はあんまり知らねーけど」
「そうなの? ボクさぁ、テレビとかで気に入ったコ見つけると、話したこともないのに既に友達になっちゃったような気になっちゃうこと、あるんだよね。だから、今日はAndanteの二人に実際会えて、うれしいなーって。今度からさ、歌番組とかで一緒になったら、気軽に声かけてね?」
「……はぁ」
 
 中川の軽い言葉に、汐音は曖昧に頷いて苦笑う。
 
「……あの、わたし……ちょっとなーこの様子見てきます」
 
 そう言って、汐音は席を立った。
 
 まぁ、しょうがねぇよな。
 ほとんど初対面の熱血エロ王子に、超軽量級トーク炸裂されちゃ、逃げたくもなる。
 中川が無意味に超軽量級トークしてるワケじゃねぇってことくらい、俺も分かるけど。
 
 しかし。
 もし彼女が、高橋たちの『あの秘密』を知らねぇとしても、別に隠しておく必要もねぇよな?
 っつーか、どうしてあいつらは、自分たちの関係を未だに公表しねぇんだ?
 ……理由が分からねぇ以上、俺の勝手な判断で教えるワケにもいかねぇな。
 
 はぁ……。なんか、もう、面倒くせぇ。疲れた。……便所行こう、便所。
 
 
 
 
 
 
 ****
 
 
 
 
 
「もぉぉっ、ホントに、あのコったらどこ行ったのよっ?」
 
 思わず呟いて、わたしはため息をついた。
 中川さんから、奈々子がお店の人と話をしていると聞いてカウンターまで来てみたものの、奈々子の『な』の字も見当たらない。
 かといって、一人で引き返しても、中川さんのあの超軽いテンションにはついていけない。
 
 中川さんは、高校の先輩なの。
 向こうは(地味にモデル活動をしていた)わたしのことなんて、全然知らないんだろうけど、わたしはあの人のこと、よく知ってるわ。
 学校では、世間でのものとはまた別の意味で、超有名人だったから。
 仕事の合間を縫って登校してきたかと思えば、いつも、女の人のこと追いかけてた。
 奈々子は、中川さんのことが好きだと言うけど、わたしには到底理解できない。
 
 ……でもね。
 ずっと一途に想い続けてる、まっすぐなところだけは、すごいなって思ってる。
 ハッキリ言って、今時、あんまりいないじゃない? こういうコって。
 ある意味『執念深い』って言い方もできるけどね。
 
 わたしなんて、男の人と付き合ったことは、それなりに何度かあるけれど。
 奈々子みたいに、自分が『恋をしている』と自覚したことは、実はほとんどなくて。
 付き合ってきた男の人たちに、よく言われたわ。
『一緒にいても、いつも君は鉄壁の向こう側にいるみたいだ』なんて。
 要するに、心は近くにいないよね、ってことよね。
 たぶんきっと、最初からそれほど好きじゃなかったのよ。
 
 そんな、恋愛(とも呼べないけど)を繰り返しながら、気付けばわたしも28歳。
 できれば、二十代のうちに、人並みに恋をしてみたい。
 奈々子ほどじゃなくてもいいのよ。あんなに重たい……もとい、ひたむきな恋じゃなくて。
 
『この人のコト、もっと知りたい』、とか。
『この人と、もう少し一緒にいたい』、とか。
 そんな風に思えるような男の人がそろそろ現れてくれても、いいんじゃない?
 
 ……と。
 思ってたの。
 未だに見つからない奈々子の姿を、微妙に視力の悪い目を凝らして探してる間、ずっと。
 そしたら、この後、『そんな風に思えるような男の人』がわたしの前に現れたってワケ。
 
 その相手が誰なのか、想像はついてるだろうから、先に言っておくわ。
 実はわたし、その人のこと、その時までほとんど知らなかったの。
 
 
 
 

0