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03 気が、合いますね。

 
 気分転換に行った便所から戻る途中。
 芸人達の乱れ飛ぶギャグから少し離れたところで、キョロキョロと辺りを見回している汐音を見つけた。
 
 そのまま通り過ぎていくのもなんだか気が引ける。
 一応、軽く声は掛けていった方がいいよな。
 面識のほとんどない相手だから、言葉遣いは極力、……ソフトに。
 
「まだ、見つからない?」
 
 俺は汐音の背後から声を掛けた。
 振り返った汐音は、一瞬戸惑ったような表情の後、明らかな愛想笑いを浮かべて、
 
「え……えぇ。あのコ、目を離すとすぐにどこかへ行っちゃって、勝手に迷子になるから困ります」
 
 汐音はクッと目を細くして、会場内に視線を走らせた。
 
「あれ、もしかして、視力悪い?」
「え? はい。どうして分かるんですか?」
「いや、その目」
 
 汐音のしている通りに、俺も真似て目を細くして見せる。
 それを見た汐音は、きまりが悪そうに苦笑った。
 
「メガネは持ってるんですけど、車の運転する時以外は、できるだけ掛けたくないんです」
「どうして?」
「……昔、友だちに、『メガネ掛けたら、道坂靖子みちさか やすこにそっくりだから掛けない方がいい』って」
「道坂靖子? ……あぁ、あの、お笑い芸人の?」
「そうです」
 
 この顔の、どこが、あの道坂さんに似てるっつーんだ?
 いや、実際メガネ掛けてるところを見てみねぇことには、分かんねぇけど。
 ……っつーか、そんなコト言ったヤツ、どこの誰だっ!?
 
「んー……いませんね。あのコ、お笑いとか好きみたいだから、芸人さんのところに戻ってきたのかな、とも思ったんですけど。ホント、どこ行ったのかしら」
「一緒に探すよ。俺、視力だけは自信あるから」
 
 ぐるっと見回して……おっ、発見。
 
「なんだ、戻ってんじゃねーか。中川と喋ってるよ」
「えっ! いつの間にっ。ありがとうございますっ」
「あ、ちょっと待っ……」
 
 ――――ガシッと。
 
 俺は、席へ戻ろうとしていた彼女の肩を掴んでいた。
 怪訝そうに俺を見つめる、彼女の瞳。
 
「……なんですか?」
「いや、あの……なんっつーか。……あぁっ、そうだ。この間は、その……ゴメン」
「この間?」
「えっと……ウタステんとき、俺、嫌な思いさせたかな……って」
「ウタステ……」
 
 汐音は小首を傾げて、
 
「……何かありましたっけ?」
「覚えて……ない?」
「んー……。ウタステに、Hinataさんとご一緒させてもらったことは、覚えてますけど。何でしたっけ?」
「……『蹴ってくださーい』って」
 
 俺が再現すると、ようやく汐音は思い出したらしく、それまで浮かべていた当惑の表情を消し去って。
 ――――ニコッ……と、笑った。
 
「全然、嫌じゃなかったですよ。ただ、びっくりして、どう対処していいのか分かんなくて。不機嫌そうに見えたなら、こちらこそ、すみませんでした」
「えっ? あ、いや、っつーか、悪いのは俺だし。……ホントに」
 
 彼女の顔から思わず視線を逸らしてうつむく。
 なんだ。今日はショートパンツじゃねぇのかよ(結婚パーティーの二次会なんだから当たり前だ)……って、そうじゃねぇっ。
 
 ぬわぁあっ、マジでヤベェっ!!
 顔が上げらんねぇっ!!
 ……って、俺は中学生、いや、小学生のガキかっ!?
 
「あ……ピアス」
 
 と、汐音は呟いた。
 
「ピアス?」
「左耳には着けてないんですね、右には三つも着いてるのに。どうしてなんですか?」
「あぁ……電話に出るとき、たまに受話器にピアスが当たるのが気になるんだ。メモを取るのは右手だから、受話器当てる耳は左、だろ?」
 
 俺が言うと、汐音は少し驚いた顔で、
 
「わたしもなんです。仕事では両方着けることもあるんですけど、プライベートでは右にしか着けないんです。同じ理由で」
 
 そう言って、肩に少し足りないくらいの長さの髪を軽く持ち上げて、左耳を見せた。
 確かに、彼女の左の耳には二つのピアスホール。
 
「あ、ホントだ」
「…………ますね」
「え?」
 
 近くで騒ぐ芸人連中の声にかき消される。
 聞き返すと、彼女は少しだけ躊躇って、俺の耳元に顔を近づけた。
 
「き、が、あ、い、ま、す、ね」
 
 一音ずつ区切って、ゆっくりと。
 ――――『気が合いますね』……?
 
 彼女の顔に視線を向けると、彼女とバチッと目が合った。
 次の瞬間。
 俺達は、同時に表情を崩して、笑った。
 
 
 
 このときの俺は、汐音に『惚れてる』という自覚なんて、全くなかった。
 ……いや、この際だから、ここはハッキリ言っておく。
 
 俺が彼女に『惚れてる』と自覚するのは、随分と先の話だ。
 
 ただ、彼女を意識するキッカケになったのは、俺の失礼な行動(中川のせいで『蹴ってくださーい』と流れでやるハメになった、アレだ)を思い出した後の、あの『ニコッ』だったことは間違いないワケで。
 
 だけど、本当のところは。
 それよりもっと前、席に戻ろうとした彼女の肩を、思わず掴んで引きとめたときには既に。
『この人と、もう少し話がしたい』と……思ってたんだろうな。たぶん。
 
 
 
 
 
 
 
 
 翌日の、とある歌番組の収録後。
 ご婦人方からの着信やメールがないかと、楽屋で携帯をチェック(これも仕事の内だからな、一応)していた時だった。
 携帯のアドレス帳に、(その時点では)見覚えのない、『須藤汐音』という名前。
 まったく心当たりもねぇし……っつーことで、ちょうど楽屋に残っていた中川と高橋にも、聞いてみた。
 どうせ、何の情報も得られねぇだろうと思ってたんだが。
 なんと、高橋が知っていた。
 
「須藤汐音って、あの……あのコだよ。奈々子と一緒にユニット組んでる、AndanteのSHIOちゃん」
 
 話を聞いてみると、彼女は高橋の高校の同級生で、高橋と奈々子ちゃんが兄妹であることは、おそらく知らない。……らしい。
 
 それはそれとして。
 そんな彼女の連絡先が、なんで俺の携帯に入ってんだ?
 
「昨日、直くんがSHIOちゃんに『連絡先聞いてる』って言ってたじゃん」
 
 と、中川が言うが、まったく記憶にねぇんだ。
 昨日、あれから……中川と奈々子ちゃんがいる席に二人で戻ってから、彼女と話したことっつったら、ほとんどが何気ない世間話だったハズだ。
 途中、熱血エロ王子が奈々子ちゃんのカラダをエロ目で眺めてんのを携帯の動画でバッチリ撮ったことは覚えてる。が、その後の記憶が(なぜか携帯の動画も)スパッとなくなっている。
 
 今朝、目が覚めたら、どういうワケか自分の家の玄関だったっつーことは、おそらく中川が送ってくれたんだろうと推測はできるが(マネージャーを呼んだ、っつー可能性はねぇな。プライベートでは妻子持ちの深谷を使わないっつーのが、Hinata内でのルールだ)。
 
 一緒にいた中川が「酔ってたよ」と言うなら、この記憶のなさ加減からしても『酒を飲んだ』っつー結論が一番妥当なような気もするけど。
 
 俺が昨日飲んだのって……ウーロン茶と、奈々子ちゃんのアイスティーだけだよな?
 っつーか、だから、なんで俺の携帯に、彼女の連絡先が入ってんだ?
 
 連絡してみようにも、状況がさっぱり分かんねぇから、どう会話(メールでも)していいのか分かんねぇし。
 
 はぁ……。考えてたら、腹減った。メシ食いてぇ。
 
 
 
 
 
 
「んんー、やっぱり、そばは最高にうまいねっ!!」
 
 中川が熱々の天ぷらそばをすすった。
 歌番組を収録していたテレビ局の近くにあるそば屋。
 久し振りに一緒にメシでも、という中川の提案でやってきた。
 適当に注文して、適当に会話しながら、適当に食ってる。
 
 高橋がオフを要求したおかげで、このクソ忙しい時期だっつーにも関わらず、明日は丸一日オフだ。
 本来なら今日が、高橋がオフを要求した誕生日なんだが、深谷は元々余裕があった明日のスケジュールを(それでもかなり強引に)調整して、オフを作りだした。
 
 なんで明日のスケジュールに余裕があったかっつーと、明日は事務所で毎月恒例になってるリーダー会議があるからだ。
 一応Hinataのリーダーである俺は、そのリーダー会議に出席しなきゃなんねぇから、その時間は新曲のプロモーション活動には参加できねぇ。
 そのぐらい、このリーダー会議っつーのは、ウチの事務所内では『最優先事項』だ。
 
 早い話、要するに、俺は実質的に明日はオフじゃねぇ。
 ……まぁ、仮にリーダー会議がなくて完全にオフだったとしても、事務所で雑務を手伝ってんだろうから、結果的にオフにはなんねぇけど。
 
 ……ちゃ~ちゃららちゃ~~♪と、携帯が鳴る。
 
「……あ、俺のだ」
 
 今の着信音は、バッハの『G線上のアリア』。
 っつーことは、どのカテゴリにも分類してねぇメールだな。
 
 いったい、誰からだ?
 
 玉子焼きをひとつ口の中に放り込んで、携帯を確認。
 ディスプレイには、『須藤汐音』の文字。
 
 うおおぉっ!?
 来たっ。向こうから来たぞ、メールがっ!
 だから、いったいどういう状況なんだよっ?
 マジで意味分かんねぇーっ!!
 
 
 
 
 ****
 
 
 
 
 昨日、水谷さんの結婚パーティーの二次会で会った、Hinataの樋口さん。
 向こうから『連絡先を教えてくれ』と言ってきたから教えたのに、何の音沙汰もなし。
 分かってるわよ。ただの社交辞令で連絡先を聞く人も多いって。
 分かってるけど、ついつい携帯をチェックする回数が増えてる、今日一日。
 これじゃぁ、精神衛生上、よろしくない。
 
 だから、ほぼ丸一日経ったついさっき、わたしの方からメールを送ったの。
『お疲れ様です。昨日はありがとうございました。お話できて楽しかったです』って。
 よくよく考えたら、この業界ではわたしの方が後輩(……なのよね? 地味なモデル時代はカウントせず、よ)なんだから、別に不自然じゃないよね?
 
 携帯を握りしめたまま、飲食店の並ぶ夜道で立ち止まって、ため息。
 樋口さんって、見た目はチャラそう(特に、金髪とか)だけど、意外と話しやすい人だった。
 わたしが忘れてしまっていた些細なこと(ウタステのときのことね)を気にしてくれてたし。
 しかも、自分からきちんと謝ってくれたし。
 
 もしかしたら、あのHinataの中では、一番マジメでマトモな人なのかもしれない。
 
 中川さんは、ヒマさえあれば女の人を追いかけていそうな軽い人だし。
 ……高橋くんは、アレよね。実際、トンデモナイ男なのに、見た目で得してると思う。
 あんまり具体的なことは聞かないでね。思い出すだけで、眉間にしわが寄るから。
 
 もう一度ため息をついて、ふと顔を上げる。
 と、前方から男の人が猛スピードでダッシュして……ん?
 あれ? あの人って。
 
「中川さん?」
 
 中川さんは、わたしに気付くこともなく、目の前をものすごい勢いで通り過ぎて。
 あっという間に、人混み(酔っ払い率多め)の中へと消えてしまった。
 
 ……また、女の人を追いかけてたのかしら。
 まぁ、いいや。わたしには関係ないわ。
 
 相変わらず何の反応も示さない携帯をカバンにしまって、辺りを見回す。
 お腹空いた。
 いつもみたいに、水谷さんや他のオンナノコと一緒だったら、付き合いでお洒落なお店に行くところだけど。
 
 今夜は一人だし(奈々子は、用事があるんだって)。
 時間も時間だし(もうすぐ夜10時よ)。
 あっさり和食系で。そうね……このお蕎麦屋さんがいいかな。
 
 店内に入って、どの席に座ろうかと視線を走らせたわたしは、驚いた。
 同じく驚いた顔で、携帯を握りしめた金髪の男の人が、わたしを見つめる。
 
「……偶然」
「ですね」
 
 彼の表情が少しぎこちないような気がするな、と思ったそのとき。
 わたしの携帯が、カバンの中で『G線上のアリア』の着信音を鳴らした。
 
 
 

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