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04 リーダー、会議に出る。

 
 
吉沢よしざわ、これコピー頼む。20部な」
「はぁい」
 
 リーダー会議当日。
 若いヤツらに手伝わせて、会議で使う書類を準備してんだけど。
 
「あ。樋口サン、またあくびしてる」
 
 コピー機のスタートボタンを押した吉沢(ハギーズ研修生の代表だ)は、俺を見て笑う。
 
「昨日、寝てないんっすか?」
「んー……あんまり」
「わかった。カノジョとラブラブだったんだ。一晩中。いいなぁ」
「バーカ。違うっつーの」
 
 俺の否定も、吉沢は「オトナのヨユウだ」と言って、信じてねぇ。
 
 いや……マジで、違うんだ。
 昨夜、中川が急用でいなくなった後のそば屋で、四苦八苦しながらなんとかメールを送信した直後。
 メールを送信した相手――汐音が、店の中に入ってきたときは、さすがに驚いた。
 
 ……送ったメールの内容? そんなもん、適当に想像しといてくれ。
 
 もうすぐ閉店だったそば屋の店長に頼んで、ほんの少しだけ長居させてはもらったが、それでも、彼女が(かなり遅い)晩飯にそばを食ってる間の、小一時間程度だ。
 その間も、世間話(仕事に関する話が大半だったが)しかしてねぇ。
 着信音が同じ『G線上のアリア』だっつーことくらいは話したが、それはどうだっていいんだ。
 
 そば屋を出たところで、タクシーで帰るという彼女とは別れて、俺はバイクで帰宅したワケだが……問題は、この後だ。
 ちょうど家に着いた頃に、彼女の方から、そば屋で俺が奢った(当然だ。俺の方が年上だし、なにより男だからな)ことへのお礼のメールが来て。
 そのメールに返信、それにもまた返信、そして更に返信……っつーカンジで続いちまった。
 
「樋口サンくらいのオトナになると、やっぱ、スゴイんでしょ? XXXXがXXXでXXXXXとか……」
「コラ、吉沢。ガキが伏せ字になるようなコト言うんじゃねぇって。おまえ、まだ中学生だろ?」
「そーなんっすよ。中学生だからさ、女のコとメールするってだけでも、ドキドキしちゃうんっすよね。あーあ、早くオトナになりたいっ」
 
 ……言えねぇ。
 俺が一晩中眠れなかった理由、この吉沢には言えねぇ。
 まさか、女と一晩中『メールをしてたから』眠れなかったなんて。
 俺ももう、30だっつーのに、中学生と同レベルかよ……。
 
 
 
 
 
 
 
 毎月末の午後に行われる、リーダー会議。
 ハギーズ事務所の各グループのリーダーが集まって、それぞれの活動報告をしたり、お互いのグループの問題点を指摘したりと、まぁ、どの業種のどこの会社でもやってるような会議だ。
 デビュー直後は一番下っ端だったHinataも、先輩グループが解散、引退、独立し、後輩グループが続々と誕生していく中で、気がつけば今では、上から三番目になっちまった。
 
 リーダー会議の議長は、一番上のグループContinuousのリーダー、西川さん。
 副議長は、SEIKAの坂田さん。
 俺は、書記を務めている。
 
 会議の内容は企業秘密っつーことだから、詳細は伏せる。……が。
 
「あぁ、ちょっといいかね」
 
 それまで黙って聞いていた一人の男性が軽く手を挙げ、会議の進行にストップをかけた。
 
 彼の名は、萩原一郎はぎわら いちろう
 俺の所属する、このハギーズ事務所の社長だ。
 のぞむ(高校生だった俺を拉致った、とんでもない少年のことだ)の父親でもある。
 ウワサでは、年齢は五十歳前後、らしい。
 
 社長の息子である希は、小柄で華奢な身体つきで、どこか外国の血が混ざってんじゃねーかってカンジだろ?
 だけど、この萩原社長は、どっちかっつーと背が高く、身体もがっしりしてるし、どっからどう見ても、純粋な日本人だ。
 
「西川くん。キミのとこの、このライブの件なんだが」
「……は、はい」
 
 名指しされた西川さんは、身構える。
 
「こんなに大きな会場で、大丈夫かね?」
「あ……いや、あの、この会場なら話題にもなるって、スタッフとも……」
「今のContinuousで、この会場を埋める自信は?」
「そ、それは………」
「分かってるとは思うが、1%以上の空席が出たら、即刻解散させるよ。それでも、いいんだね?」
「うっ……」
 
 低い声ですごむ萩原社長に、西川さんはたじろぐ。
 萩原社長と、あの希の似てるところは、この強迫的で挑発的な目と語り口だな。
 
 
 
 
 
 
 会議が終わったのは、すっかり日も暮れた午後6時半。
 準備の時と同様、若いヤツらに手伝わせて後片付けだ。
 
「樋口さん、大丈夫っすか? 会議中、ずっと船こいでたでしょ?」
 
 吉沢が、心配そうに……じゃねぇな。からかい目的で、俺に声を掛けた。
 
「ずっと、じゃねぇだろ。後半、ちょっとばかしウトウトしちまっただけだ」
「いつもの現場と違って、リーダー会議ってつまんないもんね」
「つまんないとか言うなよ。大事な会議だぞ」
「大事な会議で寝ちゃったらダメじゃん。オレは会議の前日にカノジョとラブラブしないようにしよっと」
「だから、違うんだっつーのっ。っつーか、敬語を使え、敬語を」
「中川さんと高橋さんも、デビュー前はオレと同じで、研修生代表として会議に出てたんでしょ? 大変なのが分かってるから、リーダーになりたくなかったのかなぁ」
 
 そうか。そうかもしれねぇ。
 何も知らない、ただの高校生だった俺に、この『面倒な仕事』を押し付けて、自分達はラクをしようと。
 で、今頃は、それぞれ楽しいオフを満喫中……と。
 ……ふざけんなよ、あいつらっ。
 
「ところでさぁ、樋口さん」
「何だ?」
「今日の会議も、副社長いなかったね」
「あー、そうだな。っつーか、だから、敬語を使えっつーの」
「オレ、まだ一度も会ったことないんっすけど。副社長って、どんな人?」
「どんな、って」
 
 どう説明しようかと考えるより先に、会議室のドアが開く。
 渋い顔で入ってきたのは、マネージャーの深谷だった。
 
「深谷、どうした?」
「いや……あのさ。僕って、マネージャーとしてそんなに信頼されてないのかな」
「は?」
「高橋くんが、僕に嘘をついてた」
 
 そう言って、深谷は俺に一枚の写真を見せた。
 ……コレは。
 高橋と……妹の奈々子ちゃん!?
 
「なんっ……コレ、どうしたんだっ!?」
「さっき事務所に届いたんだよ、バイク便で。『記事にされたくなかったら、取り引きしろ』って」
「取り引き? ……カネか?」
 
 深谷はうなずく。
 
「うわぁ……。なんか、ドラマみたい。ありがちだけど」
「吉沢は黙ってろ」
「僕、もう、自分が情けなくて……。高橋くんはどうして本当のこと、言ってくれなかったんだろう? このコと付き合ってるなら、そう言ってくれればいいじゃないか」
「……付き合う? 深谷、何言ってんだ?」
「…………え?」
「こいつら、兄妹だろ?」
「ええぇぇえええぇっ!? 兄妹っ!?」
 
 深谷と吉沢が同時に叫ぶ。
 
「うっ、嘘でしょっ!? 高橋くんと、Andanteのなーこが……兄妹っ!?」
「ちょっ、ちょっと待てっ。深谷、おまえ、高橋から聞いてねぇのか!?」
「聞いてないよっ」
「なんで聞いてねぇんだよっ。おまえ、俺らとはデビューからの付き合いだろっ!?」
「そうだけど、聞いてないものは聞いてないんだから、僕だって知らないよっ」
「っつーか、取り引きって、『こいつらが兄妹だってコト、バラされたくなかったら』っつーことじゃねぇのかよ!?」
「違うのよ」
 
 いきなり、女の声が混ざる。
 コツコツとヒールの音を鳴らして、俺たちに近づいてきたのは――――。
 
「誰、このオバさ……」
「吉沢、頼むから黙っててくれ。……どうして、ココウチの事務所にいるんですか、飯森社長」
 
 俺たちの前までやってきた飯森社長は、ニコリと笑って、
 
「あなたが出演する予定になってる映画関係の、打ち合わせよ。そのついでに、あなたにも会っていこうと探してたんだけど……気が変わったわ」
 
 と、怪訝そうにしている吉沢へと手を伸ばした。
 
「あなた、カワイイ顔してるわね。名前は?」
「へ? ……よ、吉沢郁よしざわ いくだけど?」
「吉沢くんね。今夜、時間あるかしら? オバサンが美味しいモノをご馳走してあげるわよ」
「ちょっと待ってください、千里さん。こいつはまだ中学生です。手ぇ出したら、犯罪ですよ」
「やぁね、食事くらい、いいじゃない」
 
 ……嘘だ。絶対、吉沢まで食っちまう気だろ、このエロババ(一応、以下自粛)。
 
「飯森社長、申し訳ありませんが、吉沢はこれから、まだレッスンがありますので」
「あら、そう。残念ね。じゃぁ、あなたでもいいのよ、深谷くん」
「えっ!? い、いや、僕も、まだ仕事が残ってますのでっ」
 
 深谷は愛想笑いを浮かべながら、吉沢を引きずるようにして会議室を出て行った。
 ……俺を置き去りにして逃げやがったな? くそっ!!
 
「ところで、さっきの話だけど」
 
 飯森社長は、最初から深谷たちがいなかったかのように、ゆっくりと口を開いて、
 
「モリプロの方にも来たのよ、同じモノが。どうやら、送り主は、このコたちが『恋人』だと勘違いしてるみたいね」
 
 と、自分のカバンの中から、深谷が持っていたものと同じ写真を取り出して、俺に見せた。
 
「千里さんは、知ってたんですか? こいつらが『兄妹』だってこと」
「そりゃぁ、知ってるわよ。奈々子はモリプロのタレントだもの。契約するときに、その辺はちゃんとチェックするに決まってるじゃない」
「あ……そうか」
「と、言いたいところだけど」
 
 俺が納得しかけたっつーのに、飯森社長は話をひっくり返した。
 
「表向きは、事務所の方から声を掛けて、奈々子をスカウトしたことになってるの。……まぁ、Andanteとしてデビューさせるずっと前のことだから、あまり話題になることもないんだけど」
 
 Andanteとしてデビュー前っつーと……奈々子ちゃんは、グラビアアイドルらしきコトをやってたらしいな。
 
「本当は、違うんですか?」
「そう。ある人から、頼まれたのよ。高橋くんの妹だってことを伏せて、モリプロで使ってやってくれ、って」
「ある人? ……って、一体、誰……」
「あなたの事務所の副社長」
 
 ウチの……ハギーズ事務所の副社長?
 っつーことは、まさか。
 
「希? ……萩原希はぎわら のぞむ、ですか?」
 
 
 
 
 

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