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05 ホスト、社長と賭けをする。

 
 
「そうよ。一郎さんの息子。当時はまだ、副社長の職には就いてなかったかしら」
 
 飯森社長は、片付けそびれていたパイプ椅子に座って、足を組んだ。
 
 ……意味分かんねぇ。
 奈々子ちゃんをモリプロで使ってもらうように、頼んだ?
 あの、希が?
 
「なんで、希がそんなこと……」
「理由までは知らないわよ。素材を見つけたのはいいけど、自分のトコは男しか使えない事務所だから、代わりにモリプロに、ってことなんじゃない?」
 
 飯森社長は、煙草を指に挟んで、「でもね」と言葉をつなぐ。
 
「結構、大変だったのよ。親御さんの方針で上京は高校卒業まで待たされたし、リズム感ゼロだったし、関西弁はなかなか抜けないし……」
 
 その当時を思い出してか、飯森社長は懐かしそうに笑う。
 こういう時の、この人の顔。どことなく静岡のお袋に似てるんだよな……。
 
「……ちょっと、火、点けなさいよ」
「会議室は禁煙なんです。喫煙コーナーは偶数階にありますよ」
「そんなカタイこと言わないでよ」
「火災報知機、鳴りますよ。それで、取り引きの件はどうするんですか?」
 
 俺が聞くと、不満げだった飯森社長は煙草を指に挟んだまま、答えた。
 
「取り引きには応じないそうよ。しばらくこのまま、世間にも『恋人』と思わせて様子を見るって」
「誰の意向ですか? 萩原社長?」
「副社長の方」
「希っ!? アイツと連絡取れたんですか!?」
「取れるわよ」
 
 飯森社長はさらりと、当然のことのように言う。
 
「えっ……アイツ、いま、どこで何してるんですか!? Hinataに関わる仕事どころか、リーダー会議にだって、ここ何年も出てきてねぇっつーのに……」
「あら、あなた、何も聞かされてないの?」
 
 飯森社長の問いに、俺は何も返事ができなかった。
 
 ヨソの事務所の社長が知ってるっつーのに、俺は、何も知らされてねぇ。
 希に拉致られてから、ほぼ毎日のように一緒に仕事をしていたのに、希はある日突然、姿を見せなくなった。
 アイツの高校卒業祝いにっつって、四人で焼肉を食いに行ったのは覚えてんだ。
 でも、ハタチの誕生日や成人式を祝ったり、話題にしたりっつー記憶はねぇから、たぶんその頃には、いなくなってたんだろう。
 
 希は、どこかカラダが良くないようだったから、すげぇ心配で……だけど、他の誰も、何も言わねぇし。
 何の便りもないっつーことは、逆に、無事だからなんだと、今まで、半ば言い聞かせるようにしてきたっつーのに。
 
「怖い顔ね」
 
 飯森社長は軽く微笑んで、俺の頬に手を伸ばす。
 
「あのコがあなたに何も話してないのは、変に心配掛けたくないからだと思うわ。大丈夫。本人が話したくなったら話すだろうし、仕事にだって、きっと何事もなかったみたいに戻ってくるわよ、そのうち」
「……アイツは、無事なんですか?」
「そうね。元気にしてるわよ」
 
 具体的に、希はいま、どこで何をしてるんだ、とか。
 どうして飯森社長が、希と連絡を取れるほど親しい関係なのか、とか。
 問いただしてぇことは、たくさんある。
 
 けれど、『元気にしてる』のたった一言を聞いて、いくつもの疑問も、いまはどーだっていいことだと思えるくらい安堵したっつー方が大きい。
 
 どのみち、いつかアイツが、自分から話す気になるのを、俺は待つしかねぇんだな。
 腹の底から、深くため息。……いろんな意味で。
 
 ふと、俺の頬に触れてる飯森社長の指先が、この間イースティンホテルで逢ったときと比べて冷たいことに気付いた。
 
 もう、11月も終わる。
 しばらく天気の良い日が続くらしいが、朝晩は随分と冷えるようになった。
 この婦人は、毎年この季節になると身体が冷えて、顔色も幾分悪くなる。
 俺のお袋も似たような症状で……たぶん、きっと、冷え性だ。
 
「千里さん、食事がまだだったら、これから一緒に行きませんか?」
「あら、珍しいわね。あなたから誘ってくれるなんて」
「何か身体が温まるもの……鍋とか……」
「でも、行かないわよ」
 
 ……何だよ。せっかく、こっちが心配して誘ってやってるっつーのに。
 
 と考えたのが顔に出ちまったかどうかは分からねぇけど。
 俺を見つめていた飯森社長は、俺の全てを知り尽くしているような表情で笑った。
 
「あなた、カノジョできたでしょう?」
「…………は?」
「カノジョ」
「できてないですよ」
「嘘」
「嘘じゃないです」
「さっきからずっと、携帯気にしてるじゃない」
「……え?」
 
 ビシッと、俺のジャケットのポケットを指差される。
 無意識のうちに、ポケットの中の携帯にずっと触れていた……らしい。
 
「普段そんなことしないから、すぐ分かったわよ。カノジョから連絡がないか、気になってつい、触っちゃうんでしょう」
「いや……別に、そういう訳じゃ……」
 
 うまく取り繕うつもりが、逆に意識がいっちまって、手から携帯が離れねぇ。
 そんな俺の様子を、飯森社長は会議用テーブルに頬杖ついて、面白そうに眺めた。
 なんだかんだで、この婦人とは付き合いが長い。
 言い逃れなんてできっこねぇのは、分かってる。……分かり切ってる。
 
「……気になってる女性ひとは、います」
「ほら、やっぱり。相手はどんなコ? この業界のコ?」
「それは……言えません」
「何よ。別に、裏から手を回して潰そうだなんて、思ってないわよ」
 
 いや、絶対、思ってるだろ。怖ぇ……。
 
「そういう意味じゃなくて……。まだ言える段階にないっつーか、何度か世間話をしただけっつーか……」
「『好きになれそうなコを見つけた』ってとこかしら?」
 
 おぉっ。すげぇ的確な表現。
 思わず、うなずいちまった。
 それを見た飯森社長は、クスクスッと笑う。
 
「……何ですか」
「何でもないわ。ねぇ、私とひとつゲームしてみない?」
「ゲーム?」
「そう。あなたが、その女のコを口説き落とせるかどうか、賭けましょう。口説き落とせたら、あなたの勝ち。私はあなたに出来る限りの協力をするわ。口説き落とせなかったときは……」
「口説き落とせなかったときは……?」
「そうね。今後、他の女と一切関わらないで、一生私だけの奴隷になる、っていうのはどう?」
「いっ……」
 
 嫌だ。それだけは、絶対に嫌だ。
 相手が複数いて、お互いにそれを了承済みだからこそ、それぞれの婦人とライトな関係でいられたし、俺もそれほど深く悩まずに済んでたわけで……。
 
 ……でも、待てよ?
 よくよく考えたら、目の前にいるこの婦人は『モリプロの社長』だ。
 もしも、俺がこのゲームに勝ったとき。
 この人の『協力』が得られるっつーなら、俺にとってすげぇ好都合なんじゃねぇ?
 
 ――よっしゃぁ。いっちょ、やってやるっ!!
 
「そのゲーム、お受けします。期限は?」
「クリスマスイブっていうのは、どう?」
「ク……クリスマスイブ!?」
 
 マジでっ!?
 嘘だろっ!?
 あと一カ月もねぇしっ!!
 
「実はね、イブに部屋を取ってあるのよ。イースティンホテルの最上級のスイートルーム。ユリや一郎さんたちを誘って、パーティーでも開こうかと思ってたんだけど、みんな忙しいみたいでね、キャンセルしようか迷ってたの」
 
 イースティンの最上級スイートっつーと……一泊、数百万するってウワサだぞっ!?
 
「イブに、いつものところで待ってるから、カノジョも連れていらっしゃい。その部屋、使わせてあげるわ」
 
 飯森社長は、指先に挟んだままだった煙草をようやく箱に収めて立ち上がると、俺の肩をポンッと叩いて、会議室の出入り口へと向かう。
 
「……千里さん」
「何?」
「俺がゲームに勝ったら、本当に協力してくれるんですね?」
 
 ドアに手を掛けて振り返った飯森社長は、不出来な息子を見守るような瞳で微笑んで、無言のまま、うなずいた。
 
 
 

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