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06 喫煙所で、一服。

 
 リーダー会議の翌日から、再び新曲のプロモーション。
 ここ数年では珍しく、超ハードスケジュールだ。
 どれぐらいハードなのかっつーと、携帯をいじる暇があったら、少しでも仮眠してぇってくらい、ハードだ。
 
 当然、飯森社長とのゲームのカギを握る彼女――汐音ともまったく連絡を取れず、何の進展もない。
 
 そうこうしている間に、あっという間に一週間が過ぎた。
 そして、世間は例の話題で異常な盛り上がりを見せることになる。
 
 
『Hinataの高橋諒とAndanteのなーこ、熱愛発覚!!』
 
 
 
 
 
 
 事務所内で鳴り続ける、無数の外線電話。
 さっきから、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、用件は同じだ。
 
「お電話ありがとうございます。ハギーズ事務所…………申し訳ございませんが、その件に関しましては、すべてノーコメントとさせていただいてますので。……はい」
 
 マスコミ関係者を筆頭に、あちこち各方面から、あの記事に関する問い合わせが殺到しちまってるっつー状況だ。
 電話なんて取らずに完全無視できりゃいいんだが、中には通常業務の連絡があるかもしんねぇから、取らない訳にもいかねぇ。
 
「ねぇー、樋口さん。もう三時過ぎたのに、まだ問い合わせの電話掛ってくんの?」
 
 ガッコーが終わってレッスンを受けにきた吉沢が、呆れた様子で総務の部屋を覗き込む。
 
「敬語を使えっつーの。……っつーか、吉沢。『あの話』、誰にも言ってねぇよな?」
「あぁ、いま騒がれてる二人が、実は『兄妹』……」
「だから、言うなっ!!」
「深谷さんに口止めされたから、誰にも言ってないよ」
「深谷が?」
「うん。あの後、深谷さんがハギーさんと話して、しばらく黙ってることになったんだって」
「萩原社長と? ……そうか」
「深谷さんに焼肉おごってもらったよ。……でもさぁ、その話、言っちゃった方が、このうるさい電話も鳴り止むんじゃないの?」
「それは、ねぇだろ。今度は、『兄妹っていうのは本当ですか!?』って内容にかわるだけだ」
 
 吉沢と二人、鳴り止まない電話を前に途方に暮れる。
 ……と、ひょいっと総務に入ってきたのは、中川だった。
 
「よーっす! 直くん、これこれっ。ちょっとさぁ、見てよ」
 
 そう言って中川が俺によこしたのは……高橋たちの記事が載ってる、スポーツ新聞じゃねぇか。
 
「笑えるよね。『熱愛』だってさ。ボク、朝から爆笑しちゃって、腹が痛いんだけど」
「知るか。っつーか、あんまりデカイ声出すんじゃねぇぞ。他人に聞こえたらどーすんだ」
「みんな、鳴りっぱなしの電話に手一杯で聞いてないじゃん」
 
 確かに、いま総務にいる人間のほとんどが、問い合わせの電話に苦戦中。
 いつの間にか、吉沢までもが駆り出されている始末だ。
 不安な敬語も、俺や他の人のやり取りを見ていたからなのか……まぁ、ギリギリ合格ラインってとこか。
 ちなみに、マネージャーの深谷は、事情の知らないお偉いさん方と共に、今後の対応を協議している最中だ。
 
「中川、おまえもたまには電話の応対くらいしろよ」
「電話? うん、いいよ。あいつらの話題だったら、『ノーコメント』でいいんでしょ?」
 
 受話器を置いた吉沢を押しのけて、中川は電話の前にスタンバイ。
 わずかな間を置くこともなく電話のベルは鳴り響き、腕まくりした中川はさっそく受話器を取った。
 
「あー、えーっと。もっしもぉーっし。ハギーズ事務所でぇーっす」
 
 ――――ガッシャン。
 
「ああっ!! 直くん、なんで切っちゃうんだよっ!!」
「ふざけんなっ! おまえ、社会人失格っ! 中学生の吉沢以下だっ!」
「中川さん……いくらなんでも、いまの電話の出方はヒドイ。オレ、中川さんに憧れてたのに……」
「なんだよ、吉沢までっ。っていうかさぁ、この状況、異常じゃない? 誰かスクープされた時って、いつもこう?」
「いや、ここまでっつーのは、さすがにねぇな。相手が相手だし、高橋もウチの事務所じゃ、一、二を争うほどの人気と実力が……」
「ねぇ、直くん」
「あ?」
「高橋と人気争いしてるのって、誰だと思う?」
「……中川、だろ?」
「やっぱり? 直くんもそう思う? ボクもさ、そうじゃないかなぁーとは思うんだけどさ」
 
 コイツは……『謙遜』っつー言葉を知らねぇのか。
 
「でも、安心してよ。ボクがスクープされても、ここまで盛り上がんないから」
 
 中川は、なにやら上機嫌な様子で、俺の肩をポンポンと叩く。
 
「なんだ。今度の女は無名の若手アイドルか? それとも、モデル……」
「違うんだなぁっ。このギョーカイの人じゃないんだよ。ざっくり言っちゃえば、普通のOL。付き合って一年半くらいなんだけどさぁ、なぁんか、子どもんときから知ってたんじゃないかってくらい、違和感がないんだよね」
「空気みたいな?」
「おっ、吉沢っ。いいこと言うじゃん。そうそう、空気みたいな人。二人ともさぁ、今度、ウチに遊びに来てよ。紹介するからさ」
「えーっ! マジでっ!? オレ、行きたいっ!!」
 
 今日の中川は、やたらと機嫌が良いな。
 おそらくは、その『普通のOL』っつーカノジョと上手くいってんだろう。
 ……っつーか、その割には。
 この間も、共演者の女に連絡先を聞いてたような気が……するんだが。
 
「ねぇ、直くんも遊びに来てよ」
「ん? あぁ、そうだな。……考えとく」
 
 まぁ……俺には関係ねーけど。
 
 
 
 
 
 高橋たちの『熱愛発覚(というのはもちろん勘違い)』の翌日。
 俺は、SEIKAの坂田さんと一緒に、テレビ局に来ていた。
 クリスマスイブに予定している生放送の特番の打ち合わせだ。
 
 途中、ちょっと休憩とばかり、坂田さんやスタッフ数人と喫煙所で一服。
 そう広くはない喫煙所に、男ばかりが五、六人。申し訳程度に置かれたソファーに座って、煙草を吹かす。
 窮屈とまではいかないが、もう少しゆったり吸いてぇな、といつも思う。
 まぁ、今の時代、喫煙できる場所があるっつーだけでも、ありがたいことなのかもしれねーけど。
 
 半分近くまで短くなった煙草をくわえたとき、喫煙所のドアが開いた。
 ……驚いた。
 するりと静かに喫煙所に入ってきたのは、汐音だった。
 彼女の方も俺がいることに気付いたようで、目が合った瞬間、わずかに表情を変えた。
 眉間にしわができそうな勢いで、不機嫌そうな顔。
 
 ……あれ? 怒ってんの……か?
 いや、……っつーか、怒ってんだったら、いったい何を?
 うおぉ……まったく見当もつかねぇ。
 
 汐音は、無愛想に俺に向かって軽く会釈。
 ……いや、『俺に』じゃねぇな。
 この場にいる全ての人間に対して、だ。
 そして、そのまま俺(と坂田さんとスタッフ)の前を横切って、かろうじて空いていた奥の方の席に、無言のままストンと腰を下ろす。
 俺の斜め前。ギリギリ視界の端に入る位置だ。
 坂田さんが、自分の前に座った彼女に、ライターを差し出した。
 
「使う?」
「……どうも。ありがとうございます」
 
 普通に貸してやりゃぁいいのに、坂田さんはライターに火を点けた。
 汐音も、戸惑うことなく煙草を口にくわえて……あぁ、胃のあたりがすげぇ重たい。
 白煙を吐き出して一息ついた汐音に、坂田さんはまだ何か話しかけようとする。
 が、汐音は軽く礼だけ言って、手に持っていた携帯を操作し始めた。
 理由は分からねぇけど、俺の胃も同時に軽くなった。
 俺の手元で、『G線上のアリア』が鳴ったのは、その直後のことだった。
 
「樋口、まだ打ち合わせ終わってねぇから、マナーモードにしとけよ」
 
 坂田さんからの忠告を受けて、慌ててマナーモードにする。
 が、しかし。
 なんで、この着信音がいま鳴るんだ?
 この着信音に設定してあるのは、俺の視界の端で美脚を組んで座って携帯をいじっている彼女――汐音だけだっつーのに(この間、そば屋から帰った後で設定を変えたんだ。悪いかっ)。
 
 おそるおそる、届いたメールを確認する。
 間違いなく、汐音からたったいま送られてきたものだった。
 その文面は……。
 
『どうして、教えてくれなかったんですか?』
 
 …………は?
 
「意味、分かんねぇ」
 
 思わず、呟いてしまった。
 
「なんだよ。いたずらメールか?」
 
 坂田さんが、俺の携帯を覗き込もうとする。
 
「いや……そうじゃなくて」
「ってことは、さては女だな? 女のメールって、意味分かんねぇこと、多いよな」
 
 意味不明なメールを送信した本人が、目の前にいるんだっつーの。
 ……とか、言えるわけもねぇし。
 仕方ねぇから、身内を使って回避してやる。
 
「違うって。中川からっすよ。また、共演した女の連絡先聞いたって、自慢してきやがって」
「あぁ……あいつなぁ。ありゃぁ、一種のビョウキだろ」
 
 そうこうしている間にも、汐音は俺の視界の端で、煙草を片手に携帯を操作する。
 完璧なまでの無表情。
 俺の携帯を鳴らした人物が彼女だっつーことには、この場にいる誰もが気付かねぇハズだ。
 
 携帯が再びメールを受信して、俺の手の中で振動する。
 確認すると、やはり差出人は汐音だった。
 
『高橋くんが奈々子のお兄さんだって』
 
 ……なるほど。
 思ってた通り、いままではあいつらの関係を知らなかったんだな。
 で、あの記事をきっかけに、奈々子ちゃん本人から聞かされて。
 それまで自分がその事実を知らされてなかったことに、腹を立てている、と。
 
 だから、なんで怒りの矛先が俺に向いてんだよっ。
 
 
 
 
 

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