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07 エロ王子、ダダ凹む。

 
 その後、何通かに分けて送られてきたメールで、だいたい分かった。
 汐音が言いたいことは、つまりは、こういうことだ。
 
 自分は、奈々子ちゃんと高橋が『兄妹』ということを、知らなかった。
 不覚にも、あの『熱愛』の記事を信じてしまい、奈々子ちゃんを問い詰めた。
 この間のそば屋んときや、その後のメールで、奈々子ちゃんの話題は何度か出たのだから、その時に俺が真実を教えていれば、奈々子ちゃんを無駄に傷つけることもなかったのに……と。
 
 ……しかし。
 俺が真実を教えていればというのは、結果論ってやつだ。
 奈々子ちゃんが汐音に対して真実を打ち明けなかった理由があるのなら、俺がそれを無視して汐音に真実を告げることの方が問題なわけだ。
 間違いなく奈々子ちゃんが悲しむだろうし、それを知った高橋が激怒して…………おっと、あぶねぇ。想像で三途の川を渡るところだった。
 
 坂田さんとスタッフたちの会話に時々テキトーに相槌を打ちながら、どうメールを返そうか思案する。
 が、結局一文字も打てないうちに、更に次のメールが送られてきた。
 
『奈々子が高橋くんの妹だってバレるのが、怖いんです。そういう話題だけの人になっちゃったら、いままでAndanteとして頑張ってきたのが無駄になりそうで』
 
 ……なんだ。
 メールで一通り愚痴ってスッキリしたのか、それとも、最初から怒ってなかったのか分からねぇが、どうやら、こっちが本題らしい。
 
 怖い――不安、か。
 分からなくもねぇけどな。
『誰それの身内』で成功して生き残れてる人間なんて、ごく少数だ。
 そうでなくても、この業界はほんの些細なことで頂点からどん底へと転落することもあり得る。
 
 相変わらず無表情のまま携帯を握りしめて、煙草を口にくわえる彼女。
 俺が彼女にしてやれることっつったら、気休めにもならねぇようなメールを送ることくらいしかねぇよな。
 
 二本目の煙草に火を点けた俺は、携帯をカチカチと操作して…………送信。
 携帯のディスプレイに視線を落としていた汐音は、俺からのメールの文面を読んで。
 ぶふふっ……と、吹き出して笑った。
 
 ……笑えるメールを送ったつもりは、ねぇんだけど。
 
 突然笑い出した彼女に、坂田さんやスタッフたちがビビる。
 そっとしておいてやればいいのに、坂田さんが彼女に声を掛けた。
 
「うれしそうだね。カレシからメール?」
「違います」
 
 ――ソッコーで否定。しかも、バッサリ。
 
 そりゃ、俺は『カレシ』じゃねぇけど。
 ここまでキッパリ言われるっつーことは……完全に脈ナシだな。
 あぁ……これで、俺は一生、あのエロババアの奴隷かよ……。
 そんな俺の心の内を知らねぇ彼女は、短くなった煙草を灰皿に押し付けて立ち上がり、「失礼します」と周りに軽く挨拶。
 がっくりと(周囲に分からねぇ程度に)うなだれる俺の前を横切って……その時、俺の携帯がメールを受信した。
 
『ありがとうございます。少し心が軽くなりました。本当に、気が合いますね。タバコも同じ☆』
 
 ……煙草も同じ?
 よく意味が分からず、思わず彼女の背中を視線で追う。
 既に喫煙室を出た彼女は、ドアのガラス越しに自分の煙草の箱をチラッと見せて、イタズラっぽくニッと笑った。
 
 あ……俺が吸ってる煙草と同じ銘柄。
 
 これは……まだ脈アリと考えるのは、俺の勘違いなんだか、どうなんだか。
 ……女心ってヤツは、やっぱ、よく分からねぇ。
 
 
 
 
 ****
 
 
 
 あぁ、スッキリした。
 喫煙室に偶然、樋口さんがいたのには、ビックリしたけど。
 思い切って、相談してみてよかった。
 樋口さんって、(あの高橋くんと中川さんをまとめる)Hinataのリーダーだけあって、すごく頼れる人、だと思う。
 わたしの話、真面目にきちんと聞いて(正確には、メールを読んで)くれたし。
『奈々子が高橋くんの妹だってバレるのが怖い』って、わたしの不安に、樋口さんがくれたメールの内容はね……。
 
『何も心配要らないだろ、そのキレイな脚があれば』
 
 普通ね、こんなこと他の人に言われたら、『セクハラ?』とか思っちゃうけど。
 樋口さん、ものすごく真面目な顔してこのメール打ってたんだもの。
『自信を持て』ってことだと解釈しても、いいんだよね、たぶん。
 
 あ、それから。
 さっきの、SEIKAの坂田さんからの「カレシからメール?」って質問に、わたしが「違います」って答えたときの、樋口さんの表情。
 ほんの少しだけど、頬が引きつってた。
 わたしが坂田さんにタバコの火を点けてもらってるときは、思いっきり視線を逸らしてたし。
 吸ってるタバコが同じだ、って、ドアのガラス越しにわたしのタバコを見せたときは、頬がゆるんでるように見えたんだけど。
 
 樋口さんって、少しはわたしに好意を持ってくれてるのかな?
 もし、そうだったら。
 ……うん。結構、うれしい。
 
 
 
 
 ****
 
 
 
 
 
 事務所のボイストレーニングルームの前に、休憩所的なスペースがある。
 いくつかテーブルが置かれていて、隅の方にはコーヒーや紅茶が作れる機器と、飲料の自販機が完備。
 なかなかの快適スペースなんだが、煙草が吸えねぇっつーのが惜しい。
 
 今日は、昼過ぎからHinata全員(っつっても、無人島に行きっぱなしの高橋はいねぇから、実質、中川と二人)でボイトレを受けることになっている。
 
 途中、エレベータの中で一緒になったボイトレコーチの谷崎たにざきさんと雑談しながら、ボイトレルームに向かうと。
 休憩スペースのテーブルに突っ伏してうなだれている男が一人。
 ……って、中川じゃねぇか。
 
「おい、中川。日曜日だっつーのに、ぐったりしてんじゃねぇよ。暗ぇぞ」
 
 ――――無視された。
 まぁ、『日曜日』なんて、俺らにとっては休日を示す言葉じゃねぇけど。
 
「ほら、天気もいいじゃねぇか。今朝まであんなにどしゃ降りだったのにな」
 
 ――――再び、無視。
 屋内で天気のことを語っても、あんまり意味ねぇか。
 
 俺は、谷崎さんと顔を見合わせて、軽くため息をついた。
 ふと気付くと、中川が突っ伏してるテーブルの上に、潰れた紙コップ。
 ……って、おい。床にも同じものがいくつも転がってんじゃねぇか。
 まったく、しょうがねぇな。
 
「紅茶飲むのはいいけどな。ちゃんと、ゴミ箱に捨てとけよ。……ん? おまえ、コーヒー飲んでたのか? 珍しいな」
 
 拾い集めた紙コップを、ゴミ箱へ捨ててやる。
 と、それまで一言も発しなかった中川が、ぽつりと呟いた。
 
「……直くん」
「んぁ? なんだ?」
「コーヒー作って」
「はぁ? もう結構大量に飲んだだろ。っつーか、自分でやれよ」
「コーヒー作って」
 
 ……ほんっとに、しょうがねぇな。
 言われた通りに、コーヒーを淹れてやる。
 それを、未だテーブルにだらんとうなだれている中川の目の前に置いて……うわっ。
 
「な、なんだおまえ。どうしたんだっ?」
 
 すげぇ、ひでぇ顔。
 覇気がないっつーか、血の気がないっつーか。
 一瞬、死んでんじゃねぇかと思ったくらいだ。
 
「目の下、クマできてるぞ。おまえ、今日、バラエティー番組の収録があるんだろ? ちゃんと、メイクで隠さねぇと……」
 
 中川は、俺が淹れてやったコーヒーの紙コップを手に取った。
 が、身体を起こす気力はないらしく、ゆっくり口だけ動かして、話し始めた。
 
「…………カノジョと別れたんだ」
「カノジョ? あぁ、普通のOLだって言ってた女か。一年半も付き合ってるとか自慢してたクセに、ふられたのか?」
「…………んー……いや、ふったのは、ボク……なのかな」
「なんだよ、それ。おまえがふったなら、なんでそんなに落ち込んでんだよ」
「…………分かんない。なんかさ、すんごい突然だったし……っていうか、あんなにあっさり別れることになるなんて、思ってなかったし……」
 
 ……意味分かんねぇ。
 
「……普通さ、『他に好きな女ができた』とか言ったら、怒ったりしそうじゃん。でも……あいつ、怒るどころか、最後に笑ってたんだよね。いつかは結婚するかも、とか最近思ってたけど、あいつはボクのこと、そんなに好きじゃなかったのかな……」
「そんなことは、ないと思うよ」
 
 黙って聞いてた谷崎さんが、突っ伏してる中川のそばに座って、なだめるように言った。
 
「中川くんのことが本当に好きだから、『他に好きな人ができた』って言う君を応援しようと思ったんじゃない? 僕には、そういう感じのコに見えたけど」
「谷崎さん、こいつのカノジョに会ったことあるんっすか?」
 
 俺が聞くと、谷崎さんは軽く笑って、
 
「あぁ、うん。今年の春かな。動物園で、偶然。可愛いコだったよ。素朴な感じで」
 
 どっ……動物園っ!?
『エロ王子』と呼ばれてる(いや、俺が勝手に呼んでるだけか)中川がっ!?
 意外と地味っつーか、思ってたよりマトモっつーか……。
 
「…………谷崎さん」
 
 ゆっくり身体を起こした中川は、俺が淹れてやったコーヒーに視線を落としながら、口を開いた。
 
「ん? 何かな」
「あのさぁ……………………奥さん、元気?」
 
 どこか遠慮がちな中川の問いが予想外だったのか、谷崎さんは表情を硬くした。
 戸惑うように視線をさまよわせて、……やがて、穏やかな笑みを浮かべて、答えた。
 
「……そうだね。元気にしてるよ。れんも大きくなったから、そろそろ仕事を始めたいって、張り切って準備してる」
 
 それを聞いた中川はコーヒーを見つめたまま、ホッとしたように息をつく。
 
「…………そっか。それなら、いいんだ」
 
 そう言って、それまで死にそうに暗かった表情をほんの少しだけ和らげて、笑った。
 
 
 
 
 

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