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09 『Hinata』、なぜか遊園地に集結。

 
 テレビ局の地下駐車場のロビー。
 長椅子に腰をおろして、ドラマの撮影を終えて下りてくることになってる汐音を待つ。
 飯森社長に優待券をもらってから二日も悩んで、ようやく送信した誘いのメール。
 あっさりと返ってきた快諾のメールに、喜ぶっつーよりは、拍子抜けっつーか。
 しかも、俺がバイクしか運転できねぇことも知ってるから、『車はわたしが運転しますね』と付け足してあった。
 
 ……これって、結構、イイカンジなんじゃねぇ?
 脈アリっつーの?
 期待しすぎってことはねぇよな?
 よぉっし! 出張ホスト生活も、これで終われるっ(……かもしれねぇ)!
 
「なぁにしてんの、直くん?」
 
 ハッと気付くと、目の前で中川がニヤニヤ笑ってやがる。
 
「……何だよ。人の顔見てニヤニヤ笑いやがって」
「いやぁ、直くんこそ、何も見てないのになんでニタニタ笑ってんの?」
「なっ……!? 別に笑ってねぇっ!」
「ヤラシイこと考えてたでしょ。イブの深夜にトップアイドル連れてどこ行く気?」
「なっ、何のことだっ!?」
「またまたぁ、とぼけちゃって。知ってるよ? これからSHIOちゃんとデートなんだって?」
「何でおまえが知ってるんだっ!?」
「奈々子がさぁ、イブはSHIOちゃんとケーキ食べる予定だったのに、直くんがSHIOちゃんをデートに誘ってるって、泣きついてきたからさぁ」
「……マジで?」
「マジで。だから、今夜はオレが奈々子の相手してやることになってんの」
「おまえが? 奈々子ちゃんの?」
「そう」
「クリスマスイブがおまえの命日か。分かりやすいな」
「…………肝に銘じておくよ」
「は?」
「いや、何でもない。別に、SHIOちゃんの代わりに一緒にケーキ食いに行くだけだよ。それにさ、高橋は道坂さんと結婚するわけじゃん? そしたら、奈々子は誰が守るんだって話になるじゃん? ほら、オレしかいないっしょ」
 
 出た。勝手に熱血。
 
「っつーか、おまえ、ついこの間死にそうにへこんでたっつーのに、立ち直り早いな。……ん? そういえば、『他に好きな女ができたからカノジョと別れた』んじゃなかったのか?」
「あっ、SHIOちゃんだ」
 
 中川は、俺の後方のエレベータを指した。
 ……コイツ、俺をからかってんな?
 
「甘い。その手には乗らねぇぞ」
「ホントだって」
「樋口さん、お待たせしました」
 
 その声に、振り返る。
 ……中川の言ったことは本当だった。
 
 
 
 
 
 
 
 地下駐車場の中を、汐音の後について歩いた。
 シャキシャキと早足で歩くその脚の、ハーフパンツとブーツの間……いわゆる『絶対領域』に思わず視線がいっちまう。
 
「あ……のさ、今日、本当は奈々子ちゃんとケーキ食いに行く予定だったんだって?」
 
 何気なく聞くと、駐車場にテンポ良く響いていたブーツの音が、ガツッと途絶えた。
 
「何で知ってるんですかっ?」
「さっき、中川から聞いた。中川は奈々子ちゃんから聞いたって。……もし、俺の誘ったのが断りづらかったんなら、なんか悪いコトしたな……って」
 
 当惑したような表情で聞いていた汐音は、首を横に振って笑った。
 
「そうじゃないんです。行きたかったんです。樋口さんが誘ってくれた遊園地に。観覧車から見える景色が、すごく綺麗なんですよ」
「そ……そうか」
 
『俺と』行きたかった、とかじゃねぇのか……。
 
 
 
 
 汐音に促されて、車の助手席に乗り込む。
 車内は驚くほど飾りっ気がなくてシンプルだった。
 なんとも彼女らしいと納得して、また同時にホッと安堵する。
 キャラ物のぬいぐるみがてんこ盛りの車なんて、俺、絶対に耐えられねぇ。
 
 カバンから取り出した眼鏡を躊躇いがちに掛けた汐音は、俺の方を見て、聞いた。
 
「……似てますか?」
「え?」
「道坂さんに」
 
 あぁ、そういえばそんな話したな。
『お笑いの道坂さんに似てるって言われるから、普段は眼鏡を掛けない』って。
 
「んー……強いて言うなら、このフレームの形? ちょうどこれくらいの太さとか、色とか……道坂さんがよく掛けてるし。けど、『似てる』っつーほどでは……ねぇと思うけどな。その『道坂さんに似てる』っつったヤツが、よっぽど道坂さんのこと嫌いなんじゃねぇの?」
「……だと思ってたんですけどね」
「え?」
 
 聞き返すと、汐音は曖昧に笑ってかぶりを振った。
 軽く引っかかるけど……なんか、聞くに聞けねぇ。
 
 
 
 優待券をもらった遊園地は、今夜の職場だったテレビ局から、そう遠くないところにある。
 ついでに言うと、いつも飯森社長と逢うあのホテルも、歩いて行けるほど近い。
 
 ……まさか、最上級スイートから双眼鏡で監視でもしてんじゃねぇだろうなっ?
 
 いや……それならそれで構わねぇ。
 あのエロババァ(もはや自粛なし)の目の前で彼女を口説き落として、ゲームに勝利してやるっ!
 
「……樋口さん、どうしたんですか?」
「えっ? や、何も……。えぇっと……あぁ、チケット買ってくる」
 
 笑って頷く彼女を待たせて、俺はチケット売場へと向かった。
 
 優待券を使うと通常の半額。
 どーせよこすなら無料になる招待券をくれっつーの。
 ……なんて、贅沢言ってらんねぇか。
 確かに、こんな口実でもなけりゃ、どこかに誘うことすらできねぇもんな……俺。
 
 俺はチケット売場に優待券を差し出して、言った。
 
「えー……大人二枚」
「すんませーんっ!大人二枚っ!」
「大人二枚お願いします」
 
 ……なんだ今の『ハモリ』とは到底言えねぇのに妙にシックリ感のある感覚は。
 声のした左右を振り返って確認。
 と、見覚えのありすぎる男が、二人。
 
「なっ……中川っ! と、高橋までっ! なんでおまえらがココにいるんだっ!?」
「いやぁ、なんでって……言われても」
「中川っ、おまえ、奈々子ちゃんとケーキ食いに行くっつってただろっ!?」
「だって、奈々子が『遊園地行きたい』って言うからさぁ。イブに深夜まで営業してる遊園地っつったら、ココでしょ? 随分前に、高橋がそう言ってたな、と思って。なぁ、高橋」
「僕、そんなこと言ったっけ?」
「言ってただろっ。だからおまえもココにいるんだろっ? っていうか、そういえばおまえ、スタジオで映画の撮影があるんじゃないのかよ」
「あー……実は、延期になったんだ」
「そんなこと、あるわけねーだろっ」
「本当だって。嘘だと思うなら深谷さんに確認してよ。悪天候で撮影スタッフが戻れないから、最短でも半日程度ずらすんだって」
 
 そう言って高橋は、雪の舞い散る夜空を指差した。
 確かに、東京でこれだけ雪が降ってんだから、交通網がマヒするほど悪天候になってる場所も、あるかもしんねぇ。
 
「納得した?」
「……あぁ」
「ところで、直くんは誰とココに?」
「べっ……別に、誰だっていいだろ?」
「高橋、知らないの? 直くんね、最近、SHIOちゃんとイイカンジなんだって」
「SHIOちゃんと?」
 
 イタズラな笑みを浮かべて中川が指差す先で、汐音が奈々子ちゃんと楽しそうに喋っている。
 高橋が二人に手を振ると、それに気付いた汐音は思いっきり不機嫌そうな顔をして、プイッとそっぽを向いた。
 
「……おまえ、相当嫌われてんだな。何かひでぇことしたんじゃねぇのか?」
 
 俺が聞くと、高橋は曖昧に苦笑う。
 
「いや……何もしてないよ。単純に、僕のことが好きじゃないんでしょ。そういうわけで、僕も道坂さんを待たせてるから。じゃ、お先に」
 
 売場で二枚のチケットを受け取った高橋は、小走りで入場口(おっ、道坂さんが待ってるぞ)へと向かった。
 
「……なぁんかさ、今の高橋の態度、ちょっと怪しくない?」
 
 中川が怪訝そうに、声をひそめて呟く。
 
「別に、高橋の態度が怪しいのは、いつものことだろ?」
「うん、まぁ、そうだけどさぁ。あいつ絶対、SHIOちゃんと何かあったんだって」
「知らねぇよ。仮に、何かあったとしても昔のことだろ? 関係ねぇよ」
「へぇぇっ、そんなにSHIOちゃんに惚れちゃってんだ、直くんは」
「そんなこと言ってねぇだろっ」
「ふぅん……ま、いいけど。で、どうすんの? あの状態じゃ、ダブルデートになっちゃいそうだけど」
 
 再び中川が指差す先で、相変わらず汐音と奈々子ちゃんは楽しそうに喋っている。
 
「しかも、奈々子とSHIOちゃんがペアね。オレと直くんは二人の後ろを歩くって構図」
「……納得いかねぇが、仕方ねぇんじゃね?」
「だよね。……おぉい、奈々子っ!」
 
 奈々子ちゃんに向かって叫んだ中川は、二枚のチケットをピラピラと掲げて見せる。
 それを見た奈々子ちゃんは、うれしそうにパタパタとこっちに駆け寄ってきた。
 
「おまたせっ、奈々子」
「ね、ね、盟にぃっ、早く行こうよっ。今ね、汐音に聞いたんだけど、メリーゴーラウンドがあるんだって! カボチャの馬車なんだって! あたし、乗りたいっ!」
「お、おうっ、任せとけっ」
「じゃ、汐音、また明日ねっ。あ、直にぃも、またねっ!」
 
 奈々子ちゃんは俺と汐音にブンブンと手を振ると、中川の腕を取って足早に歩き出す。
 
「わっ、ちょっ、落ち着けっ! 転ぶだろっ!」
 
 半ば強引に引っ張られる形になった中川は苦笑いつつも、「じゃ、そういうことで」と俺に片手で合図して、二人で入場口へと消えて行った。
 ……なんかよく分からねぇが、意外とあっさり二人っきりになっちまった。
 
「樋口さん、わたしたちも行きましょうか」
「あ、あぁ……そうだな」
 
 やべぇ……なんか急に緊張してきたぞっ。
 
 
 
 
 
 
 園内に入った俺は、この遊園地に来たことを後悔した。
 クリスマスイブ……もうすぐ日付も変わるという時間帯。
 家族連れの客でごった返してる、なんてことは、当然のことながら、ない。
 
 右を向けば、腕を組んで歩く男女。
 左を向けば、手をつないで歩く男女。
 後ろを振り向けば、ベンチでキスを交わす男たち。……うぉっ、男同士!?
 
 ……とにかく、園内にいる客のほとんどが、『恋人同士』なわけだ。
 
 高橋はいいよな。相手はさっきプロポーズしたばかりの『婚約者』だ。
 中川も、奈々子ちゃんとは昔から仲が良いようだし、問題ねぇだろ。
 
 俺は……完全に場違いだよな。
 恋人じゃねぇし、それ以前に、まだそれほど親しいっつーわけでもねぇ。
 
『気の合う知人』レベル。
 
 腕を組むとか、手をつなぐとか……ましてや、ベンチでキスなんて。
 ……絶対、無理。
 
 
 
 
 
 微妙な距離を保ったまま二人で園内を歩いて、結局、観覧車に乗ることになった。
 どっちが提案した、とかいうわけじゃねぇ。
 それしか選択肢がないからだ。
 こんな深夜ともなると、さすがにジェットコースターみてぇな定番アトラクションのほとんどは動いてねぇ。
 
 ざっと見たとこ、他に稼働してんのはメリーゴーラウンドくらいしかなかったが、やっぱり俺には似合わねぇな、と思ったから、やめた。
 メリーゴーラウンドでは、たぶん今頃、熱血エロ王子がエロをひた隠しにして、姫をエスコートしてんじゃねぇか?
 
 
 
 
 
 
 二人でゴンドラに乗りこんで、向かい合わせて座った。
 もし、飯森社長が言っていた『観覧車でキス作戦』を実行に移すなら、向かい合わせて座るよりも並んで座った方が、都合がいいような気がする。
 しかし、ゴンドラの中は、外から見るよりも意外と狭い。
 俺も汐音も細身な方だから、並んで座れなくもねぇけど、なんっつーか、こう……ピタッとくっついちまいそうで…………いや、今の俺にはそんな状況はまだ早いっ。
 
 観覧車が一周するのにかかる時間は、およそ10分(と、係員が言っていた)。
 てっぺんまでは、その半分の5分。
 この5分をどう使って口説き落とすかが、勝負の分かれ道だな。
 
 ……いや、でも、ちょっと待てよ?
 俺、女を口説いたことなんてねぇのに、たった5分でどうやって口説き落とせっつーんだよっ?
 
 目の前にいる汐音と会話(相変わらず、おもに仕事の話だ)をしながら、頭ん中でぐるぐると作戦を練る。
 
「もう少し上にいくと、あっちの方にレインボーブリッジが見えるんですよ」
 
 そう言って、汐音がガラス越しに外を指差したときだった。
 ――ガクンッ!とゴンドラが揺れる。
 
「…………えっ、もしかして、止まっ……た?」
 
 汐音が不安そうに天井を見つめた。
 ……止まった。マジで止まった。
 あのエロバ……いや、飯森社長の仕業かっ!?
 
『なんだったら、係員に言って、てっぺんで止めることもできるわよ?』
 
 あの婦人なら本気でやりかねない。やりかねない……が。
 ゴンドラが止まったのは、時計で言うなら8の位置を少し過ぎたあたり。
 てっぺんどころか、まだ地上の方が明らかに近い。
 
 すっっっっっげぇ中途半端っ!! ムードの欠片もねぇっ!!
 この状況、いったいどうしろっつーんだよっ!!
 
 
 

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