01 アイドルからの夏のお誘い

「来月、五日間のオフができたんだ」

 梅雨も本番に入った感のある六月後半のある日。
 仕事の帰りに偶然、諒くんとばったり会った。

 お茶していこうって誘われたもんだから、駅前のファミレスで二人でコーヒーを飲んで(諒くんはしっかりハンバーグ定食も食べて)たんだけど。

 それまで何気ない世間話をしていた諒くんの口から突然、冒頭のセリフが飛び出した。

「そう。五日間もオフだなんて、諒くんにしては珍しいんじゃない?」
「うん。二日以上まとめてオフがもらえるなんて、実は一年半ぶりなんだ」
「すごいね。私なんて、年末年始とか特番が重なる時期以外は、週三日くらいオフなんてこともあるのに」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ、来月のここからここまでって、空いてる?」

 と、諒くんはスケジュール帳を開いて、7月後半のあたりを指した。

「7月? うん、後半ならそんなに忙しくないと思うけど」
「みっちゃん、手帳とか持ってないの?」
「持ってるけど、ほら、見て。3月くらいからずっと真っ白なの。途中で面倒になっちゃって」

 と、私はカバンの奥底に眠っている今年の手帳を取り出して、諒くんに見せた。

「スケジュールはどうしてるの? まさか、全部覚えてるとか?」
「そんなわけないでしょ。マネージャーに予定表を作ってもらって、冷蔵庫に貼ってあるの。前日には念のため、マネージャーに口頭かメールで確認してる」

 諒くんは私のズボラさに呆れた表情をしたけど、すぐに笑って、

「じゃあ、マネージャーに確認してみてくれる? この日からここまでに、二日間以上のオフがとれるかどうか」

 と言いながら私の手帳を手に取って、さっき諒くんが自分のスケジュール帳で指し示したのと同じ日付のところに、何やら書き込んだ。

「……二日間?」
「うん。それ以上でもいいけど」
「なんで?」
「ん? なんでって……それは秘密」
「え、なんで?」
「だから、秘密」
「なん……」
「秘密だって、言ってるでしょ!?」

 ひぃぃぃ!!
 私を睨み付ける諒くんの目が、殺されるかと思うくらい、怖すぎる!!

「とにかく、オフが取れるか分かったら、連絡してくれる?」
「れ、連絡? 私、諒くんの連絡先、知らないんだけど」
「え? まだ教えてなかった? そういうことは早く言ってよ」

 今、言いましたけど。

「ん、じゃあ、ケータイ出して」
「うん。…………あ、ごめん。忘れたみたい」
「……じゃあ、ここに書いておくから」

 諒くんは自分のケータイを見ながら、私の手帳に再びペンを走らせた。

「できれば、今月中に教えてね。いろいろと準備があるから」
「準備? 準備って何?」
「ん? いまは秘密」
「秘密って、なん……」

 ……あ、やばい。
 いったん口をつぐんで深呼吸。

「今月中ね。わかった」

 諒くんは私の言葉を聞いて、穏やかに笑った。

 ファミレスを出て諒くんに送ってもらった私は、部屋に入るとさっきの手帳を開いた。

 7月下旬の五日間。
 びぃ――――っと矢印が引っ張ってあって。
 そこに、『Ryoのオフ』と。
 目立つようにボールペンでわざわざ太字にしてあって、しかも四角で囲ってある。
 ご丁寧に、『2日以上のオフが取れるかどうか、カクニンすること!』と付け加えられている。
 そしてその下に、電話番号とメールアドレス。

 ……うーん、よく分からないけど、怒らせると怖い人みたいだし。
 とりあえず、明日マネージャーにスケジュールを確認してみよう。

*****

 彼女からメールが来た。

 スケジュールの確認をお願いした翌日の昼。
 用件のみの、まるで色気のないメールだけど、その文面を見ながらどうしても口元が緩んでしまうのを押さえられない。

 彼女と付き合い始めて、もうすぐ一ヶ月になる。
 最初はドッキリの企画なんじゃないかと疑われてしまったようだけど、きちんと説明したら無事に誤解は解けた。
 以来、何度か一緒に食事はしてるし、だいぶ打ち解けてきているんじゃないかと思うけど。
 正直なところ、今のままでは物足りない。

 僕、24歳ですよ。
 そういうお年頃なんだって。

 だから、早い話、彼女を旅行に誘ってしまおうと思ってる。

 つき合って一ヶ月で旅行なんて、タイミング的に少し早いかなとも思うけど、この機会を逃すと、次にまとめてオフが取れるのはまた何ヶ月先になるか分からない。

 今年はHinataがデビューして10周年だから、何かと忙しい。
 7月に5日間のオフが取れたのも奇跡に近い。
 有意義に使いたいところだ。

 彼女からのメールによると、僕が提示した5日間のうちの、最初と最後の日は仕事らしい。
 つまり、真ん中の3日間が連続でオフである、と。

 初めての旅行でいきなり二泊三日は、引くかな。
 彼女は一応、恋愛経験のない『モテない芸人』というキャラだし。

 いや、でも、僕より年上だし。
 正確な年齢は知らないけど、年上だし。
 まったくの未経験ってことは、ないと思う。

 例えば、学生時代とか。
 まだ売れてない芸人時代とか。
 恋愛経験があってもおかしくないと思う……というか、あるだろう。

 数はきっと多くはないだろうけど、その分、質のいい恋愛をしてきたんじゃないかな。
 たぶんね。根拠はないけど。

 いや、『そうであってほしい』という願望? かもしれないな。
 まぁ、僕は相手の過去にはこだわらないけどね。
 自分だって、いろいろあったし。
 どう振り返ってみても、質のいい恋愛をしてきたとは到底言えるもんじゃないし。
 ……って、どうでもいいか、そんなこと。

 とにかく。
 僕は『2日間以上のオフ』と言った。
 それがどういう意味か、彼女にだって分かるだろう。
 それだけの時間を一緒に過ごす。
 ……と、いうことは、つまりは、そういうことだ。

 で、ちゃんと予定を確認して『3日間空いてる』と返してくるということは。
 それはもう、『オッケー』ってことで間違いないでしょう?

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