04 いったい、どうしたら……

「僕は、自分で納得してることしか行動しない主義なんだ。以上、この話はおしまい。で、食べるの、食べないの? どっち?」

 高橋くん……いや、諒くんは、少し怒ったような口調でプリンを指した。

 ねぇ、ちょっと。
 どこら辺に怒る要素があったわけ?

 若い頃から芸能界でちやほやされてると、こんな風に思い通りにいかないとすぐ怒るコになっちゃうのかしら。
 なんだか、『歳の離れたワガママな弟』と会話している気分。

 とりあえず、ドッキリではないことだけは、分かった。
 諒くんが所属するHinataは、いま日本で知らない人はいないってくらいのスーパーアイドルグループで。
 その一員である高橋諒は、俳優としての活動もしていて将来も超有望視されている、今一番『旬』といってもいい芸能人なわけ。

 私がレギュラー出演してる『しぐパラ』って番組に、何度か出てくれたことがあるけど、おおむね決まって番宣だ。
 うっかり私が足を滑らせて、巨大な氷入りプールに一緒に落ちたりもしたけど、あれだって本来はそんな予定は全然なくて、ただの事故だった。
 バラエティー番組の1コーナーに、『芸人たちがおバカやってるのを見てるだけ』のゲスト。
 それでも、諒くんの場合は、十分番宣になるってことだ。
 こんな冴えないおばさん芸人に、番宣でもないのにわざわざドッキリを仕掛ける理由も、時間もない。

 じゃぁ、なんで、こう……お茶や食事に誘ってくれたりするわけ?

 ……あ、分かった。
 諒くんはいつもきれいでカワイイ女の子たちに囲まれてるから、私みたいな冴えないおばさんが物珍しいんだ。
 若いアイドルや女優さんとつき合ってきて、でもそういう人に飽きちゃって。
 で、私みたいな冴えないおばさんが逆に刺激的に見えちゃうわけだ。

 ……ん?
 ってことは、もしかして。

 私はいま、この『歳の離れたワガママな弟』にアプローチされてるってこと!?

 いやいやいやいやいや。
 それは、いくらなんでも。
 自意識過剰ってやつでしょう。

 だって、『彼氏いない歴 = 年齢』で、汚れ芸人で、冴えないおばさんの、『人生初の彼氏』が。
 こんな年下でかっこいい男の子(しかもその職業はスーパーアイドル)なわけ、ないでしょ?

 ……あぁ、でも、見た目はかっこいいけど実は性格に難ありなのかしら。
 さっきから(というか、街中でいきなりキスなんかしてくるあたりからして)そういう片鱗は見せてるわよね。

 まぁ……とりあえず。
 興味を持たれてるみたいだし。

 どういう感情か分からないけど、少なくとも好意的であるのは間違いないようだし。

 ここで『プリンなんていらないから出ていってちょうだい』と言うのは、あまりにもおこがましいってもんだし、そもそも出ていってもらう理由もない。

 っていうか、怒らせてしまったら、この部屋が殺人現場にでもなってしまうんじゃないだろうか。
 こ、怖いなぁ、それは。

「……食べる。食べます」

 それまで握りしめていたスプーンをひとつ、諒くんに手渡して、座卓に二人で向かい合って座った。

 ……のは、いいんだけど。

 ドッキリじゃないってことは、プライベートでこの若いイケメンの男のコが私の部屋にいるってことで。
 そんな状況、当然この34年生きていた中で初めての経験になるわけで。

 いや、別に、何かを期待してるとか、そういうことじゃないわよ?

 だけど……でも……。
 私はいったい、どうしたらいいの!?

****

 僕と彼女は、座卓に向かい合ってプリンを食べた。
 食べ終わるまでの間、一言も会話がない。

 ……いや、一ヶ月ぶりに会ったから、話したいことはいろいろとあるんだ。あるんだけど。
 ついさっきまで彼女はドッキリだと思っていたわけだから、いまここで彼女を『恋人扱い』して話をするのは、なんだか少し気が引ける。

 かといって、急に態度を変えるも、なんだしな……。
 でも、明日のことちゃんと言わなきゃいけないし。

 あぁ……僕はいったい、どうしたらいいんだろう?

****

「あの、さ。明日なんだけど……」

 無言のままプリンを食べ終えた諒くんは、ためらいがちに言葉を発した。

「え、明日?」
「うん。みっちゃんって、オフのとき朝は何時ごろに起きる?」
「朝? そうね、11時くらいかしら」
「……それは『朝』とは言わないでしょ」

 えぇ、分かってますとも。
 でも、休日ぐらいごろごろとしていたいじゃないの。

「まぁ、いいや。明日は7時には出かけられるようにできる?」
「7時!? ってことは、6時には起きなきゃなんないじゃない。なんでそんなに早くに?」

 私が聞くと諒くんはスッと髪をかき上げて、

「ちょっと遠出をしようかな、と思ってるんだ。せっかくのオフだから、普段行けないようなところに」
「普段行けないようなところ?」
「うん。詳しいことは、明日のお楽しみ」

 どうして、そこで秘密にしちゃうんだろう。

「でも、6時起きはちょっと……。せめて、8時起き……」
「それは無理。8時に起きたら、出かけるの9時になるでしょ。明日中に帰ってこられなくなるよ」
「そんなに遠くまで行くの?」

 諒くんはうなずいた。
 いったい、どこへ行く気なんだろう?

「じゃあさ、みっちゃん。仕事だと思えば、起きられるでしょう?」
「仕事?」
「明日の朝、僕が迎えに来るから、それまで『Hinataの高橋諒と一緒に地方までロケに行く』とでも思ってればいいんじゃない?」

 うーん、それは一理あるけど……。

「仕方ない。じゃあ、7時起きの8時出発。それ以上は譲歩できない。8時に迎えに来るよ。それで、いいよね?」

『いいよね?』って……。
 ハッキリ言って、私が意見を述べる余地は残されていないような感じ。

 もし、ここで私が首を横に振ったら、この部屋が……ううん、これ以上、考えない方がいい。

 私は、無言でただうなずくしかなかった。

 ……で、翌日。
 頑張って7時過ぎ(えぇ、過ぎちゃったわよ。少しだけね)に起きた。
 朝食を食べて、着替えもして。
 化粧はしないから、8時前には身支度完了。

 今、7時55分。

 なんていうか、こういう『誰かと約束してお出かけ』なんて、ほんとに久しぶりだから、少しドキドキする。
 しかも、相手は男のコ……え、ちょっと待って。

 私、仕事以外で男の人と二人っきりで出かけるなんて、人生初だ。

『ドッキリ』……じゃぁないのよね?
 昨日、諒くんがそう言ってたし、あんまり疑っても逆に悪い。

 どこに行くつもりなんだろう?
 しかも、どうやらかなりの遠出みたい。

『動きやすい服で』とは言われたけど……だとすると、テーマバークとか遊園地?
 いや、でも。学生は夏休みに入ってる時期だし。
 いくらプライベートではオーラがないって言ったって、ねぇ。
 万が一、諒くんがいるって気づかれたら大騒ぎになっちゃう。

 っていうか、そもそも他に誘う相手はいなかったんだろうか。
 それとも、何か……私を連れていく理由があるのかしら?

 ……いくら、ここで私が考えてみても、分かるはずないわよね。
 諒くんの頭の中を覗けるワケじゃないんだし。

 軽くため息をついたのと同時に、ケータイが鳴った。
 諒くんからの着信。

「もしもし?」
『……みっちゃん? 僕だけど。起きてる?』
「えぇ、まぁ……一応、出かける準備はできてるけど」
『え? ホントに? 早いね。まだ寝てるんじゃないかと思ってたよ』
「一時間も譲歩してもらっておいて寝過ごすほどグータラしてないわよ」
『あぁ、そう? あー……じゃあ、出てきてくれる? 今、みっちゃんのアパートの前にいるから』
「え? アパートの前?」
『そう。じゃ、待ってるね』
「え、あ、ちょっと……」

 ……切れてしまった。

 アパートの前にいるなら、わざわざケータイに掛けてこなくても、部屋のチャイムを押せばいいのに。
そう思いながら、私はカバンをひっつかんで玄関のドアを開けた。

 ……いないじゃない。

 私の部屋は、二階建てアパートの一階にある。
 玄関を開ければ、アパートの前はすぐに見渡せるハズだけど、諒くんの姿はどこにもない。

 代わりに、目の前には見慣れない車が一台。
 その車を訝しげに見ていると、助手席の窓が下りて、中から聞き慣れた声が私の名前を呼んだ。

 諒くんだった。
 

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