05 目的地と出身地はどこですか?

「で、どこに行くの?」

 助手席に座った彼女が聞いた。

「それは目的地に着くまで秘密」

 僕が言うと、彼女は不機嫌そうに眉間にシワを寄せた。

 目的地を告げたら、きっと驚くと思う。
 ……と、いうか、この車から降りてしまうかもしれない。

 ――ずるい。分かってる。分かってます。

 だけど、女性を口説くのにバカ正直に突っ込んでいって、うまくいった男なんてごくごく少数派だと僕は思う。
 現に、この間の僕は、その少数派になれなかったわけだし。
 だから、実力行使というか、行動あるのみ。

 僕がどれだけ本気なのかは、目的地に着けば、いくら鈍い彼女でもきっと分かってくれる……はず。

 そんな、期待と不安の入り混じった気持ちを珍しく抱えた僕は、カーナビの指示通りに車を走らせた。

 ****

 諒くんは普段とあまり変わらない様子で、何気ない会話をしながら運転している。
 既に首都高速を経由して、東名高速道路を走ってるわ。

 会話しながら高速を運転できるなんて、すごいわねぇ。
 私も運転免許は持ってるけど、もう何年も前にただの『身分証明書』となってしまっている。
 高速道路なんてとてもとても……なんて話はおいといて。

 ほんとに、どこに行くんだろう?
 聞いてもきっと答えてはくれないんだろうな、どういうわけか。
 今はどの辺りなんだろう。
 流れる景色の中から、緑色の看板を発見。
 次の出口は……静岡。

 ――静岡!?

「ねぇ、諒くん。いったいどこに行くの? もう伊豆も通り過ぎたみたいなんだけど」

 不安になって聞いてみた。
 ここで答えてくれなかったら、どこかから犯罪のニオイが漂って……そんなの嫌よ。

「ん……あの、佐久島って知ってる?」

 諒くんがしぶしぶと口にした地名に、聞き覚えがあった。

「佐久島? って、愛知県の?」
「そう。あ、知ってるんだ?」
「知ってるわよ。私、愛知県の名古屋出身だもの」
「みっちゃん、名古屋出身なの? じゃあ、やっぱりエビフライは好き?」
「言っとくけど、名古屋人みんながエビフライ好きだと思ったら大間違いよ」
「違うの? じゃあ、名古屋城の上に乗ってるシャチホコって、中身がエビフライっていう噂は?」
「そんな噂、聞いたことないけど」
「そうなの? 残念」

 どこら辺が残念なのか、分からないんだけど。

「諒くんはどこ出身なの?」
「え? 僕? ……どこだと思う?」
「うーん……やっぱり、東京?」

 私が聞くと諒くんはニヤリと笑って、

「違うよ。実は、北海道なんだ」
「えっ、意外。そうなの?」
「嘘。本当は、沖縄」
「とても沖縄出身には見えないけど」
「あぁ、やっぱり? 本当はね、福岡」
「どれがほんとなの?」
「大阪だよ、大阪」
「……いい加減にしてほしいんだけど」
「いや、本当に大阪出身だよ、僕」
「一番あり得ないと思う。だって、関西弁の気配すらないじゃない」
「ドラマで標準語を話すことが増えたから、頑張って練習したんだ。数年前までは思いっきり関西弁しゃべってたんだよ」

 言いながら諒くんは、私の方に視線を向けてクスッと笑った。
 いったい、どこまで本当なんだろう(っていうか、ちゃんと前見て運転してよ)。

 ……あれ、ちょっと待って。

「ねぇ、諒くん」
「ん、何?」
「さっきカーナビが言ってた、高速下りるところって、今のところじゃない?」
「……えぇ? ど、どこ?」
「『音羽蒲郡おとわがまごおり』で下りるって言ってたと思うけど」

 私がカーナビの画面を見ながら言うと、諒くんは笑顔をひきつらせて、

「いや、そんなはず……ないよ。カーナビが間違ってるんじゃない?」

 カーナビが間違えるなんてこと、あるかしら。

 ****

 ……不覚。
 僕は車の運転は得意だけど、実は少しだけ方向音痴なんだ。
 だから、カーナビも最新の結構いい機種を装備してるんだけど。

 まさか、漢字が読めなくてインターチェンジを降り損ねるだなんて……かっこ悪過ぎるでしょ。

 なんとか次の岡崎インターで高速を降りる。
 と、彼女が突然、

「ふっ……ふふっ……あはははっ」

 いつも無愛想な彼女にしては珍しく、声を上げて笑い出した。

「え、なに……どうしたの?」

 漢字が読めずに道を間違えた僕をバカにして……?

「いや、だって……諒くんがさっき言ってた『名古屋城のシャチホコの中身がエビフライでできてる』って噂、確かめるために名古屋まで行く気になったから、カーナビの指示通りに降りなかったのかなって……思っちゃって……あははははっ」

 ……そこですかっ?

「漢字が読めなかったのを笑ってるわけじゃ……」
「うーん……地名ってホントに読めないことってあるわよね。私は愛知県民だから『音羽蒲郡』って知ってるけど、そうじゃなければきっと読めないと思うわ」

 腕組みをしながら、彼女はうんうんと頷く。
 頷きながらも、笑いが収まる気配がない。
 どうやら、僕の発言がツボにはまったらしい。

 そうか。名古屋、か。
 Hinataのライブとか仕事で行ったことはもちろんあるけど、プライベートではたぶん行ってないかな。

「名古屋城って、中に入れるの?」
「入れるわよ。いろんなものが展示してあって、一番上の階は展望室になってるの」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ、今度確かめに行こうよ」
「……何を?」
「だから、シャチホコの中身がエビフライかどうか」

 僕が言うと、彼女は少し呆れた顔で、

「さすがに屋根の上までは上れないわよ。無理やり上ったら捕まって新聞に載っちゃうわよ」

 いや、そんな真面目に返されても……。

『いつか貴女の地元に、二人で一緒に行きたい――』

 そういう意味で言ってるつもりなんだけど。
 この様子じゃぁ、全然伝わってないよね。

 赤信号で車を止めて、目を閉じて助手席の方へと手を伸ばす。
 今日もいつもと変わりない、強い純白の光。
 梅雨も明けて夏本番だというのに、この光から連想するのは、やっぱり雪だ。

 目を開けると、彼女は怪訝な表情で僕を見ている。
 決して『綺麗』とか『可愛い』とかいう言葉がお世辞にも似合うとは言えない顔だけど。
 多分きっと、この先ずっと、彼女のこの顔を見続けていくんだろうな……と、漠然とだけど思ってる。

 僕がそんなふうに思ってるなんて、彼女は頭の片隅にも考えてないんだろうけど。

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