08 僕と私の関係を、どう説明したらいいのかについて

 ガタタタッ……ゴンッ――!!

 夢の世界に突然大きな物音が割り込んできて、私は現実へと引き戻された。

「んん……なによ、うるっさいわね……」

 身体を起こして眼鏡を掛け、辺りを見回す。
 部屋の入り口で、ひきつったような表情で立っている女将さんと。
 頭を抱えてうずくまる諒くんの姿。

「……あれ、諒くん起きてたの?」
「う……うん」
「大丈夫?」
「な、ななな何が?」
「頭、打った?」

 後頭部を押さえる諒くんの手を指して言うと、諒くんはなんだか気まずそうな表情で、

「うん……いや、ちょっとぶつけただけ。全然……大丈夫だけど……」

 言いながら、じりじりと移動して、

「ちょっ……僕、あの……お手洗いに……」

 女将さんの横を通り抜けて、なんだか逃げるようにして部屋を出ていった。
 ……大丈夫かしら?

「えーっと、あの……」

 女将さんが遠慮がちに言葉を発した。
 あぁ、お昼の食事の片付けに来てくれたのね。

「女将さん、ごちそうさまでした。美味しかったです。あのコなんて私が食べきれなかった分まで全部食べちゃったから、それでお腹壊したんだわ、きっと」

 私が言うと、女将さんはお皿をおぼんに乗せながら苦笑いして、

「弟さんも、いろいろとあるんでしょうけど……お姉さんの道坂さんも、大変ですねぇ」

 ……?
 大変って、何が?

 そりゃぁ、諒くんの意味不明な行動には時々ついていけなくて、ある意味大変だけど。
 いや、それより、なにより。

「えぇっと……あのコは私の弟じゃないですよ」

 勘違いされたまま放置するのもなんだし、ここはハッキリと訂正しておくことにする。
 と、

「えぇっ!? 弟さんじゃないんですかっ!?」

 女将さんは心底驚いたような顔。

 なんなのよ、その反応。
 だいたい、顔だって全然似てないじゃない。
 どうして『姉弟』だと思われてしまったのか、そっちの方が不思議で仕方がないわ。

 そりゃあね、私は『モテない芸人』ですから。
 あんな若いイケメン(しかもバレてないけどその素性は『人気アイドル』)が『恋人』と勘違いすらされないことくらい、百も承知だけど……。

「じゃあ、お付き合いされてる方なんですね?」

 女将さんは、ぽんっと両手を合わせた。

「……え?」
「なぁんだ、そうですよね。道坂さん、テレビでは『モテない』とか『男性とお付き合いしたことがない』とかおっしゃってたのを拝見したものだから、てっきり……」

 うんうんっと頷きながら、女将さんは座卓の上のお皿を手早くお盆に乗っけていく。

「あ、あの、女将さん……?」
「大丈夫ですよ! 絶対、ぜっっっったいに、誰にも言いませんから! ご安心くださいねっ」
「いえ、あの……」
「それにしても、うらやましいわぁ。あんなカワイイ男のコが彼氏だなんて。道坂さんも、意外と……あら、こんな言い方しちゃ、失礼ですわね。お仕事とプライベートじゃ、違って当たり前ですものね」

 女将さんは言いたいだけ言って、大量のお皿が乗ったお盆を持って立ち上がると、

「では、ごゆっくり。お邪魔しました!」

 という言葉を残して、さささーっと部屋から居なくなってしまった。

 うぅーん……。
 結局、私と諒くんとの関係は(『弟』から『彼氏』に変わったとはいえ)勘違いされたままなんだけど。
 どうして、あんなに納得しちゃったんだろう?

 腕組みしながら無駄に考えを巡らせていると、諒くんがふらふらっと部屋に戻ってきた。
 心なしか、まだ少し顔色が良くないみたい。

「大丈夫?」
「……え?」
「お腹、まだ痛いんでしょう?」

 私が聞くと、諒くんはじっと私を見つめた。
 小首を傾げて、どうやら何やら考えてる様子。

「……私、何か変なこと言った?」
「いや……うん。お腹は全然、平気なんだけど。みっちゃんってさ……」
「何?」
「『鈍い』って言われたこと、ない?」
「……は? あんまりないけど?」
「ん、そっか。なら、いいんだ」

 言いながら、諒くんはかぶりを振った。
 質問の意図がさっぱり理解できない。

「ところで、諒くん。聞きたいことがあるんだけど」
「ん、何?」
「この民宿に着いたとき、女将さんに『姉弟』って誤解されたとき、なんですぐに訂正しないで、しかも乗っかっちゃったりしたのよ?」

 問い詰めるように聞くと、諒くんは私から視線をそらした。

「いや、だって、その方が都合がいいと思ったから」
「何の都合よ。さっき訂正しといたから。『姉弟じゃないです』って」
「あぁ……そうなんだ」

 諒くんはホッと安堵したようなため息をつく。
 勘違いされてた方が都合がいいと言っておきながら、誤解を解いたと聞いて安心するという、この意味不明さ。
 ……やっぱりよく理解できないわ、このコ。

「でもねぇ、『姉弟じゃない』って言ったら、『じゃあ、お付き合いされてる方なんですね?』って、また変に誤解されちゃって……」
「誤解……か」

 私の言葉に、諒くんは頭を抱えた。
 そりゃ、そうよね。

「あの……諒くん、ごめんね?」
「ん? 何が?」
「私みたいなオバサンと『付き合ってる』なんて誤解されちゃって」
「僕は全然、構わないけど」

 言いながら、諒くんは穏やかな笑顔を見せる。

 誤解されたと聞いて頭を抱えたハズなのに。
 誤解されても構わない、とは。
 どうやら、私はこの年下のイケメンスーパーアイドルに気を遣わせてしまったらしい。
 こっちはモテないお笑い芸人のクセに。

「……私、今からでもちゃんと訂正してくる」

 言いながら部屋を出ようとすると。
 部屋の入り口に立っていた諒くんに、腕を掴まれてしまった。

「……諒くん?」
「ねぇ、みっちゃん。僕の素性までは、バレてないんでしょ?」
「りょ、諒くんの素性?」
「そう。僕が、『Hinataの高橋諒』ってこと」
「えっと……そうね、それはバレてないと思う」
「じゃあ、問題ないよ。大きく騒がれることもないだろうし」
「いや、でも、そういう問題じゃないでしょう?」
「じゃあ、逆に聞くけど」

 いったん言葉を切った諒くんは、大きく息を吸い込んで、少しいらだったような口調で言った。

「みっちゃんは女将さんに、僕との関係をどう説明するつもりなの?」

 なんでそんな不機嫌なのよ。

「どうって、そりゃ……」

 ……?
 ちょっと待って。
 私と諒くんの関係って……結局、何なの?

「そりゃ、もちろん……『近所に住んでる、同じ仕事してる人』でしょう?」

 少なくともそれは、客観的にみて100%間違いない、事実。
 そう思って私が言うと、諒くんは私の腕を掴んだまま、ガクッとうなだれた。

「……っ……くっ……ふふっ……」

 肩を震わせながらズルズルッとその場に座り込んで、やがて……大爆笑。

「はっはっはっ……何だよ、それ。面白すぎるでしょ。みっちゃん、ボケてるの? 芸人だから?」

 な、何?
 ボケてるつもりなんて、全然ないんですけど。

 訳も分からず諒くんを見つめていると、未だ大爆笑の諒くんは、さらに続けた。

「いや、プライベートではボケとかいらないし……っていうか、ボケだとしたら、それ、15点だよ」
「な、何なのよ。面白すぎるとか言っといて、15点って、どういうことよ」
「いやいや……っっ……あはははっ……ちょっ……だ、ダメだ。……は、腹痛ぇ……っ」
「え、まだお腹痛いの? 大丈夫? 諒くん、あんなにたくさん食べるから……」
「そっ……そうじゃなくてっ。もう……みっちゃん、さすが。サイコー。うん」
「な、何がよ」

 私の問いに、諒くんは『何でもない』というように手のひらを振った。
 そして、ひとしきり笑ったあと、ふぅ……と息を吐いて。
 ゆっくりと立ち上がって、私の顔を見つめた。

「本当に、ボケてるんじゃないの? ワザとじゃないの?」
「だ、だから、どういう意味よ。ボケてるつもりなんかないわよ?」

 私が言うと、諒くんは両手で私の頬を包み込んで。
 私の顔に、自分の顔を近づけながら、こう言った。

「もし、そうなら……みっちゃん、相当、鈍いんだよ」

 その直後。
 諒くんの唇が。
 私の唇に。
 ……重なってしまった。

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