11 お願い、近づいてこないで

 民宿に戻ると、とても二人分とは思えないくらいボリュームたっぷりの夕食が用意されていた。

 ……もう一度言うわね。
 私たちの夕食は既に用意されていた。

 今日はもう東京に戻れなくなったこと――すなわち、今夜はこの民宿に泊めてもらおうとしている、なんてこと、女将さんをはじめ民宿関係者が知っているはずもないのに。

「やっぱりタコもおいしいよね。この島に来てよかったでしょ?」

 昼食のときと同じく、この大量の料理をいとも簡単に胃に収めてしまった諒くんは、満足げな表情を浮かべた。

 正直、いま頂いた食事がおいしかったのかどうか、分からない。
 もちろん、出された料理にケチをつけてるわけじゃないのよ。
 ただ単純に、私の味覚が正常に働かなかったってこと。

 民宿の一室に、私と諒くんの二人きり。
 今日はもう、東京へは帰れない。
 この部屋で一晩中ずっと、朝まで私と諒くんの二人きり。

『そろそろ覚悟を決めてよ』

 夕方の砂浜で、諒くんが言ってたこの言葉。
 今夜は東京へ戻れないということに対しての言葉だってのは、分かってる。

 分かってる、けど。

 なんか、こう……別の意味を含んでるんじゃないかって考えちゃったりして。
 自意識過剰の妄想が過ぎるわよって、頭の片隅にかろうじて残ってる冷静な私がツッコミ入れるんだけど。
 この状況下で、そういう方向へ考えるなっていう方が無理な話よね……?

「みっちゃん、どうしたの?」

 食卓の向こう側に座っている諒くんが、私の顔をのぞき込むようにして聞いた。

「えっ? な、なななな何?」
「こっちが聞いてるんだけど。もしかして、暑い?」
「ななな、なんで?」
「顔が真っ赤だよ。さっき食べた茹でダコみたい」

 そんなこと言われても、さっきのタコがどれほど真っ赤だったのかは記憶がない。

「あ、暑くはないわよ。エアコンかかってるし」
「そう? じゃあ、なんでそんなに赤いの?」

 言いながら諒くんはずりずりっと膝で歩いて、食卓の横を回って私に近づいてくる。

 お願い、近づいてこないで。
 あり得ない展開を期待してるなんて、覚られたくないの。
 ……なんて祈りもむなしく、諒くんは硬直する私の隣に座った。

 お互いの腕がわずかに触れる。
 まともに呼吸ができない。
 触れていた腕が、私の背中に回る気配がした。

 そのまま、やさしく抱きしめられ――。

 ………?
 抱きしめられるかと思いきや、そうじゃなかった。

 背後で何かを探る音がして、私は盛大な勘違いに気づいた。
 私の横に座ったのも、私の背中に腕を回したのも、どうやら後ろに置いてあったカバンを取るためだったらしい。
 いや、もう……心臓に悪いわ。

「はい、これ。みっちゃんの分ね」

 諒くんはカバンから取り出した荷物を、私の膝の上に置いた。

「何、これ」
「着替え」

 きっ……ききき着替えっ!?

「こんなこともあろうかと、準備しておいたんだ」

 どっ、どういうこと!?
 ちょっと、いくらなんでも準備良すぎない!?

「一階にお風呂があるって聞いたから、行っておいでよ。女将さんに言えば浴衣も貸してもらえるし」

 お風呂!?
 浴衣っ!?

「この暑さじゃ、さすがにお風呂に入らない訳にはいかないでしょ?」

 確かに今日はとても暑かったし、汗もかいたけどっ。

「りょ、諒くんは?」
「僕は観たいテレビがあるから後で入るよ」
「そ……」
「なんなら、一緒に入る?」

 諒くんの言葉と笑顔の破壊力が絶大過ぎる。

 私、慌てて首を振って、部屋を出た。
 着替えが入っているという荷物を持って。

 ちょっと待って。ちょっと待って。
 まったくもって整ってないわよ、心の準備が!
 こういうとき、どうしたらいいの!?

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