13 波の音を聞きながら思うこと

 諒くんから受け取った着替えの中には、ほどよく夏らしいコーディネートの洋服がワンセットの他に、ご丁寧に下着まで入っていた。
 パッケージからして、おそらくコンビニで売られている新品のものだ。

『こんなこともあろうかと、準備しておいたんだ』

 ……ってことは、諒くんは『泊まりになる可能性も想定していた』ということ。

 ……………………。

 いやいやいやいや。
 あまり深く考えない方がいいのかもしれない。

 ほら、単純に……あれよ。
 ここは船でしか行き来できない、島なわけで。
 ということは、例えば悪天候だったり船のトラブルだったり、何かしらの原因で島から出られなくなる可能性もあるわけで。
 諒くんはその可能性を踏まえて、そこまで準備していた、というだけのことであって。
 それが今回はたまたま、『気づいたら渡船の最終時刻を過ぎてました』なんて、間抜けな形になってしっまった、と。

 ただ、それだけのこと……よね?

 湧き上がりそうになる妄想を、無理やり頭の中から追い出す。
 変なこと期待しちゃいけない。
 あくまで、アクシデントで泊まることになっただけなんだから。

 女将さんからお借りした浴衣(と、諒くんが用意しておいてくれた下着)を身につけて、ドアの前に立つ。
 今夜、諒くんと一緒に過ごすことになる部屋。
 どういったテンションで入っていったらいいものかしら。
 答えが出ないまま、意を決してゆっくりとそのドアを開けた。

 静まりかえった部屋。
 つけっぱなしになっているエアコンの稼働音しか聞こえない。
 観たいテレビがあるって言ってたのに、電源はオフになってる。
 肝心の諒くんの姿も、どこにもない。

 いったいどこに行ったのよ、あのコは?

****

 民宿の敷地を出ると、辺りは暗闇に包まれていた。
 夕方の記憶と玄関から漏れる灯りを頼りに、近場にあったコンクリートブロックに腰を下ろす。
 海から聞こえる波の音を聞きながら、僕は考えていた。

 さっき部屋のテレビで観た『しぐパラ』での、彼女のこと。

 番組内で話題になっていた『某男性アイドル』。
 音声でも字幕でも、伏せられてはいたけれど。
 あれは間違いなく、『Hinataの高橋諒』。
 僕のことだ。

 彼女は周囲に話していたんだ。
 僕とのことを。

 僕と一緒に、お茶を飲んだこと。
 僕と一緒に、食事をしたこと。
 そして……僕とキスをしたことも。

 もちろん、彼女の妄想なんかじゃない。
 すべては現実に起きたことだ。

 砂浜での彼女との会話を思い出す。

『もしカレシができるようなことがあったら、私、みんなにしゃべりまくって自慢……』

 そこまで言って、急に口をつぐんでうつむいた彼女。
 あれはきっと、『しぐパラ』を収録していたときのことを思い出したんだ。

『モテモテの道坂靖子なんて、いらんねん』

 コンストラクションの花本さんがそう言った瞬間の彼女の表情は険しかった。
 笑いの流れで返したものではない。
 自分のことを『いらない』という言葉に、彼女は明らかにショックを受けていた。
 花本さんの言葉が、『お笑い芸人』としての今の自分に対する褒め言葉であるということを、頭ではハッキリと理解していたのだろうけど。

 無意識にズボンのポケットに手をやって、――あぁ、そういえば禁煙するんだったと思い出す。

 タバコは、部屋に置いてあるカバンの中。
 ライターは、さっき彼女に預けた。

 深くため息をついて立ち上がり、民宿の方へと足を向ける。
 そこには、浴衣姿の彼女が立っていた。

****

 部屋に一人でいるのもなんだか居心地が悪くて、再び一階へと下りる。
 女将さんも他の民宿スタッフも、それぞれの持ち場で忙しそうにしていた。
 諒くんの姿はどこにもない。

 ほんと、どこいったのかしら。

 ふと、顔に風を感じて見回すと、玄関の引き戸が少し開いていた。
 かすかに潮の匂いがする。
 その匂いに誘われて、私は建物の外に出てみた。
 暗闇の中を少しだけ歩くと、玄関からの灯りがぎりぎり届くところで、人が立ち上がる気配。

「……諒くん、こんなところにいたんだ」

 声を掛けると、振り返ったその人は穏やかな微笑みを私に向けた。

「ん……ほら、波の音がさ、昼間よりもハッキリ聞こえるのが、なかなかいい感じじゃない?」
「それはそうだけど。部屋に戻ったらいないから、びっくりするじゃない。観たいテレビがあったんじゃなかったの?」
「……いや、東京とは放送日が違うのかな? やってなかった」
「あら、そう。残念だったわね」

 諒くんは小さくうなずくと、私の顔をじっと見つめた。
 無言で、しばらくそのまま。

 いったい、何を考えてるのかしら。
 次に何を言い出すのかしら。
 まったく予測ができない。

 やがて諒くんはゆっくりと口を開いた。

「みっちゃんは、さぁ……」
「……何?」

 そこで一度口をつぐんで、それでも何かを言いたそうに再び口を開いて、
 ……結局、やっぱり何も言わずに口元を結んで、なんでもない、とかぶりを振った。

「何なのよ。気になるじゃないの」
「ん……いや、本当に、なんでもないから」

 そう言って諒くんは、私の頭に手をやって、目を閉じた。

「……みっちゃん、髪、乾いてないよ」

 言いながら、手をわしゃわしゃっと動かす。

「わ、ちょっと、やめてよ」

 私が眉間にしわを寄せると、諒くんは笑って、民宿の中に入っていった。

 結局、何が言いたかったのかしら。

 諒くんの後について民宿に戻ると、二階から女将さんが下りてきた。

「あぁ、ちょうど良かったわ。いま、お布団の方ご用意してきましたから」

 ふっ……布団っ!?
 ちょ、ちょっと待って。
 今更なんだけど、やっぱり、同じ部屋で……寝るの!?

 私の動揺など知ってか知らずか、諒くんは平然と女将さんにお礼を言って、

「……あ、そうだ。女将さん、ビールってお願いできますか?」
「もちろん。大瓶でご用意できますけど、どれくらいお持ちしましょう?」
「んー……じゃあ、とりあえず5本で」

 大瓶を、『とりあえず』で5本!?

「諒くん、それはちょっと多すぎるんじゃない?」
「そうかな? そんなことないと思うけど。みっちゃんって、飲めなかった?」
「飲めなくは、ないけど……」
「じゃあ、いいよね?」

 諒くんはなにやら企んだような笑みを浮かべて、私に同意を求めた。
 いや……諒くんの場合、同意を求めたのはほとんど形だけのような気がするけど。

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