14 「ビールの大瓶とりあえず5本」の結果

 女将さんが作ってくれた軽いおつまみを、座卓に並べて。
 ビールの大瓶が、『とりあえず』5本。

 膝を崩して座る諒くんは、私のグラスが空くたび、すかさずビール瓶を手に取って注いでくれる。
 そのついでに自分のグラスにも同じようにビールを注ぐものだから、私がお酌する機会を与えてはくれない。

 会話の内容は、ほんとにたわいもないことばかりなんだけど。
 視界の端に入るのは、ほんのわずかな隙間を空けて並べて敷かれている、二組の布団。

 ひょっとして、もしかして……なんて。
 思っちゃったりするじゃない、どうしたって。

『諒くんもお風呂入ってきたら?』なんて、言ってみようかと思ったりもしたけど。
 そんなのまるでこちらからお誘いしてるようで、とてもじゃないけど言えっこない。

 ただひたすら平静を装って、会話を続けながら。
 諒くんがビール瓶の栓を抜く姿を眺めて。

 あれ、いつの間に……3本目?

 私、お酒を飲めないこともないんだけど。
 いつもは、一緒に飲みに行くことの多い『しぐパラ』のメンバーやマネージャーが。
 だいたい、ほろ酔いになったころにストップをかけてくれるから。

 こんなにハイペースで……大量に……飲むのは。
 もう……何年ぶり……って感じ……で。

 あぁ……でも、ちょっと……待って。

 もしも……もしもなんだけど。
 今夜このあと。

『ひょっとして、もしかして……』なんて展開に……なるのであれば。

『(34歳にして)初めての経験』が……『泥酔して記憶にない』……だなんて……。

 そんな……無残なのだけは……嫌よ……。

****

 僕が4本目のビール瓶の栓を抜こうとしたところだった。
 会話が途切れ始めたと思ったら、彼女は僕の身体にもたれて眠ってしまった。

 ――作戦成功。
 僕は彼女を起こさないように注意しながら、彼女の顔から眼鏡をそっと抜き取って、自分のグラスの横に置いた。

 一緒にお茶をして、食事して、……キスをして。
 僕にとっては、今まで何人かの女性ともしてきた、取るに足らないことだけど。
 恋愛経験のない彼女にとっては、周りに自慢したくなるくらい、大きな出来事。

 僕とのことを周りに話すのは、僕は全然構わない。
 だけど、それを周りが信じてくれなくて、結果として彼女が傷ついてしまうのは、僕としても本意じゃない。

 だから僕は、決めたんだ。
 世間の人々が認めるまでは。
 お笑い芸人である道坂靖子と、アイドルである高橋諒が、付き合っていても全然おかしくないと認めるまでは。
 僕たちの関係を先には進めない、……って。

 すぐには無理かもしれない。
 数年単位の長期戦になるかもしれない。
 だけど、いつかは。
 僕の方から、『この人と付き合ってます』って公表して、みんなに理解してもらえる日が来ると思う。

 彼女が言っても周りが信じないのなら、僕が信じさせればいい。
 だから、それまで――。

 酔い潰れて眠る彼女の髪を、そっとなでた。

 ……ちょっと、申し訳ないことをしたかもしれない。
 強引に酒を飲ませて、眠らせてしまうなんて。

 他に方法が思いつかなかったんだ。
 二人で一晩過ごすことに対して、彼女は明らかに動揺してた。
 もちろん、そうして意識してくれるようになったのは、こちらとしては願ったり叶ったりのはずだったんだけどね、本来は。
 それなのに、何もしないなんてのも不自然でしょう?
 正直、こっちだってこの状況下で我慢するってキツいですよ。
 ほんの数十分前までは、がっつり『その気』だったんだから。
 自分で勝手に決めたことだと言われてしまえば、確かにその通りなんだけど。

「……さぁてと。風呂でも行ってこようかな」

 このまま彼女と密着していては、せっかく眠らせたにも関わらず、どこまで理性が保つか分からない。

 僕は彼女を抱きかかえて、布団に寝かせた。
 未練がましく彼女の額にそっとキスして、静かにその場を離れる。
 ……つもりだった。

 眠っているはずの彼女の腕が、僕の首に絡みつく。
 えっ、起きてるっ!?

「……わらしをおいてぇ、ろこ行くのぉ?」

 眼はとろんとしているし、ろれつも回っていない。

「ちょ……み、みっちゃん。とりあえず、放して……」
「いーやーよ。さみしぃんらからぁ。ろっかいっちゃわないれよぉ……」
「ちょっと風呂行ってくるだけだから……わっ」

 ぐいっと引き寄せられて、バランスを崩す。
 こともあろうに、彼女の身体に覆い被さる形になってしまった。

 これは明らかに、作戦失敗!?

「諒くんはぁ……なんれぇ……わらしを、お茶とかぁ、食事とかぁ、……誘うのぉ?」
「え? あぁ……うん。何でだろうね?」
「もおぉおっ! ちゃぁんと答えなしゃいっ!」

 ペちっ! っと。
 両手で頬を叩いて挟まれる。

 そういえば。
 さっき酔い潰れる前、彼女はこんなことを呟いてた。
 いつもは、一緒に飲みに行くことの多い『しぐパラ』のメンバーやマネージャーが、だいたい、ほろ酔いになったころにストップをかけてくれる……って。

 ……こういうことか。
 酔っ払うと、面倒くさく絡んでくるタイプ。
 知っていたなら、もう少し加減したのに……。

「みっちゃん、放して。放してくれないなら、せめて起きてよ」
「放さなーい。ずえぇったい、放さないわよぉーっ」

 さらに、ぎゅううっ……としがみつかれてしまった。
 仕方なく彼女を抱き起こして、向かい合って座らせる。

「みっちゃん、飲み過ぎなんだよ」
「なぁによっ。飲ませたのは諒くんれしょぉ? こんなに飲ませて、何するつもりよぉ」

 いやいや、『何もしない』ために、飲ませたんですが。

「もしかひて、わらし、酔ってるうぅ? なぁんか、全然……見えないんらけど……」
「確かにものすごーく酔ってるけど、見えてないのは眼鏡を掛けてないからだよ」
「諒くんのぉ……顔もぉ……よく見えなぁい……」

 言いながら彼女は僕に顔を近づけて……わわっ、近い近い!
 思わず仰け反って……どすんっ!
 そのまま、後ろへと倒れ込んでしまった。
 近づいてきた彼女と一緒に。

 敷き布団の上で、彼女から顔をのぞき込まれる。
 その視点はどうにも定まってない。
 さっきからのどたばたで、浴衣が少し崩れてしまっている。
 見えそう……で、……見えない。
 ちょっとだけ位置をずらせば見え……いやいや、待て待て待てっ!!

 だっ……駄目だ。
 このままでは、僕の決意も音を立てて崩れてしまうっ!

「お、お願いだから、どいてくれる?」
「諒くんはぁ……なんれ、わらしなんかに、キスなんてするのぉ?」
「………………は、はいぃ?」
「なんれ、わらしにキスするの? って、聞いてんのぉー。諒くんは若いからぁ……きっと、友だちくらいにしか思ってなくてもぉ……ほいほいキスしちゃうんれしょぉ?」
「そ、そんなわけないでしょう? そりゃあ、僕は若いけどさぁ。す、好きでもない人にはしないよ」
「じゃあ……わらしはぁ? わらしには、なんれキスするのぉ?」
「だ、だから、つまり……そ、そういうことだよ」
「どーいうことよぉ?」
「……だからっ!」

 ――もう、この酔っ払いっ!

「みっちゃんのことが、す……好きだからに、決まってるでしょうっ? それくらい、言わなくても分かってよ。っていうか、分かったら早くどいてっ!」
「…………………………」
「……? みっちゃん?」
「………………ぐぉっ……ぐごごごっ……」

 こ、このタイミングで寝るかっ!?

 自分の身体に彼女の身体の重みを感じながら。
 僕は、自分の作戦ミスを激しく悔やんでいた。

 はぁぁ……こんなことなら、酒なんか飲ませるんじゃなかった。

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