15 『脱いだらスゴイんです』

 目が覚めると、私は布団の中にいた。
 なぜだか、やたらと頭が重い。
 カーテンのわずかな隙間から、眩しく陽が差し込んでる。

 ……ってことは、もう朝?

 昨日の夜は結局、どうなったんだっけ。
 確か、諒くんと一緒にビールを飲んで……。

 ……?
 その後の記憶がまったくない。

 もそもそっとだるい身体を起こす。
 と、着ている浴衣が、やたらと開けちゃってることに気づいた。

 ……まさか。
『ひょっとして、もしかして……』な展開を。
『泥酔して覚えてない』なんて無残な結果に!?

 ちょ、ちょっと待って。
 じゃあ、諒くんは、私のすぐ側で眠ってたりするわけ?

 ……と思ったら、いないし。

 既に起きて洗面所にでもいるのかしらと部屋を見回してみるけど、その気配もない。
 念のため、隣の掛け布団を恐る恐るひっぺがしてみる。
 でも、そこにもやっぱり諒くんの姿はない。

 あのコはまた、どこへ行ったのよっ?

 諒くんは、海にいた。
 波の音だけが聞こえる、誰もいない朝の海水浴場。
 海面から頭だけ出してる諒くんは、私の姿を見つけると大きく手を振って、

「みっちゃん、意外と早いね。もう着替えも済ませたんだ」

 いくらズボラな私でも、くちゃくちゃになった浴衣姿を、こんなに明るい太陽の日差しの下にさらす勇気はさすがにない。
 致し方がなく、昨日の晩に諒くんから受け取った着替えのセットを着てみることにした。

「どうだった? サイズとか好みとか」
「両方とも、びっくりするくらいドンピシャ」
「そうでしょう、そうでしょう」

 うなずきながら、諒くんは海から上がって、こちらへ向かって歩いてくる。

 あれ……ちょっと意外。
 諒くんって、どちらかというと華奢な方だと思ってたけど。
 こうして水着姿を見てみると、こう……イメージよりもがっしりとした身体してる。
 いわゆる『脱いだらスゴイんです』ってやつだ。
 私が憧れてるシュワちゃんには、遠く及ばないけど。

「お昼近くまで寝てると思ったよ。みっちゃん、昨日の夜、すごかったし……」
「すっ……すすすすすごかった!?」
「うん。もう、声とかうるさいくらいだったし、ほんと、激しかったから、僕、眠れなかったよ」

 な、ななな……それって、まさか。
 このナイスな身体で『ひょっとして、もしかして……』な展開だったりしたの!?

「飲みっぷりが『すごかった』し、すぐに酔い潰れて寝ちゃって寝言も『うるさいくらい』だったし、寝相もごろごろ転がって『激しかった』んだよ」

 言いながら諒くんはにやりと笑う。
 このコ……絶対に私をからかって楽しんでる!

「そんなわけで、日差しの弱い朝のうちにちょっと泳いでおこうかな、と」
「そ、それはいいけど、起きたらいないからびっくりしたじゃないの」
「みっちゃんが起きる前に戻るつもりだったんだよ。まさかこんなに早く起きてくるとは思わなかったから」
「早くって言っても、もう9時過ぎよ」
「もうそんな時間? どうりでお腹空いてるはずだよ」
「そりゃあ、朝食抜きで泳いでたら、誰だってお腹空くでしょう」
「朝食なら、食べたよ」
「え?」
「7時くらいかな。みっちゃんが起きる気配がなかったから、女将さんにお願いして、宴会場の隅に用意してもらって……」
「ちょっと待って。私の分は?」
「もちろん、ここ」

 諒くんは自分のお腹を指差した。
 二人分も食べておいて、もう既にお腹が空いてるって、どういうことよ。

「ほんとに、お世話になりました」

 東京へと戻る支度を済ませて、女将さんに深々とお辞儀した。

 昨日の昼食だけの予定だったはずのところ、アクシデントで突然泊まることになってしまったけど、とても快く対応していただいた。
 ほんと、感謝しかない。

「よかったら、ぜひまたお越しくださいね。……あ、そうそう。道坂さん、もしご迷惑でなければ、これ、お願いしてもいいかしら」

 女将さんが取り出したのは、サイン色紙。
 ここで断ったらバチでも当たりそうだわ。
 そもそも断る理由もないけどね。

「もちろん、いいですよ」

 笑顔で色紙とペンを受け取って、…………きゅっきゅっ……と。

「はい、どうぞ」
「……みっちゃん、これ何?」

 背後から諒くんがのぞき込む。

「わっ、なによ突然。っていうか、いまどこにいたの?」
「外。電話かかってきたから」
「あら、そう」
「で、これは何?」

 諒くんは私の背後から手を伸ばして、色紙を指差す。

「何って、サインよ、サイン」
「小学生が書いたみたいなサインだね」

 し、失礼ねっ!
 そりゃ、私のサインはひらがなで『みちさか やすこ』って書くだけだし。
 しかも、最初に長い横線をび――っとひっぱったところに、うまいこと書き加えて文字にしていくという……確かに、小学生が考えそうなサインだけど。

「本物のサインっていうのはね、こう書くんだよ」

 と、諒くんは私からペンと色紙を奪い取ると。
 私のサインの横に、慣れた手つきできゅきゅきゅっ……っと。
 どこがどう書いてあるのか分からないけど、サインらしいサインを書いて、

「はい、どうぞ」

 と、女将さんに手渡した。
 女将さんは困惑した様子で、手渡された色紙と諒くんの顔を交互に見比べる。

「僕も、彼女と同じ業界で仕事してるんですよ」

 ニコッと、営業スマイル。
 その顔を見た女将さんは、ハッと表情を変えて、

「あっ……えっ? えええっ!?」
「じゃっ、お世話になりましたー。また来ます!」

 諒くんは営業スマイルのまま、女将さんに向かって手を振ると、渡船場に向かって歩き始めた。
 もう片方の手は、しっかりと私の手を引いて。

「ちょっ……ちょっと、いいの?」
「ん? 何が?」
「女将さんにバレちゃったんじゃないの? 諒くんが『Hinataの高橋諒』だって」
「バレるもなにも、僕は『Hinataの高橋諒』だし」
「で、でも……私なんかと一緒に、その……と、泊まったとか知れ渡ったりしたら……嫌じゃない?」
「言ったでしょう? 僕は、自分で納得してることしか行動しない主義なんだ、って」

 諒くんは穏やかな笑顔を私に向けた。
 さっき女将さんに見せた営業スマイルとは、また違った顔だ。

「渡船場の近くに、お土産屋さんがあるんだって。行ってみようよ」

 手をつないだまま、夏の太陽が照りつける中をゆっくりと歩く。

 ねぇ……諒くん。
 それって、私と一緒にこの島に泊まったってことが知れ渡っても構わない、ってこと?
 だって、『Hinataの高橋諒』と『モテない芸人の道坂靖子』が、民宿に一泊よ?

 ほんとに、それでいいの……?

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