夜遊びしませんか?

「……延期、ですか」

 携帯電話を耳に当てた諒くんは、少し戸惑ったような声でそう言った。

 クリスマスイブの生放送を終えた後の帰り道。
 テレビ局を出て少し走ったところで諒くんの携帯が鳴ったので、車を端に寄せて通話中。

 諒くんは時折、寒そうに身体を震わせて、自分の腕をさする。
 車の暖房は最大にしてあるのに、どうにも効きが悪いらしい。

 フロントガラスに落ちる雪は、すぐに溶けて流れていく。

 そういえば、前に『車の空調の効きが悪い』なんてぼやいてたときは夏だった。
 どこかに出かけた帰りに、車の中で食べようと買ったアイスが溶けてベタベタになっちゃって、諒くんは少し不満そうにしてたっけ。

 もし、いま私が、そこのコンビニでアイスを買ってきてあげたら、諒くんはよろこんでくれるかしら。
 ……きっと『要らない』って言うわよね。だってこんなに寒そうにしてるんだもの。

「撮影、延期だって」

 通話を終えたらしい諒くんは、携帯をパタンと閉じた。

「撮影って、映画の?」
「そう。スタジオで撮る分が残ってるんだけど、今日、無人島から機材とか全部撤収するのに時間がかかって、今夜の撮影には間に合わないから、最短でも半日ずらすって」
「半日?」
「うん。だから、撮影は早くても明日の昼」
「そっか。じゃぁ、早く帰って寝れば?」
「……みっちゃん、冷たい」
「何言ってるのよ。さっきまで『二時間だけ、みっちゃんの部屋で仮眠とらせて』とか言ってたの、どこの誰よ。今帰れば、きっちり十時間は睡眠取れるわよ」
「時間がたくさんあると思うと、寝るのがもったいない気がする」
「なに小学生みたいなこと言ってるのよ。今朝まで無人島にいたんでしょう? 疲れてるんだから、ちゃんと自分の部屋で寝なさいよ」

 私の話を聞いているのか、聞いていないのか。
 諒くんは、フロントガラス越しに夜空を見上げた。

「みっちゃん、明日は早い?」
「私? んっと……私も明日はお昼から」
「じゃぁ、これから少し出掛けても、問題ないよね?」

「えっ……!?」

 何を言い出すんだろう、このコは。

「問題あるに決まってるでしょう? もうこんな時間なのよ。日付も変わっちゃうのよ。それに、さっきから雪も強くなってるし……積もったら、危ないじゃない」
「大丈夫だよ。積もるタイプの雪じゃないし、これ以上強くは降らない」
「根拠は?」
「根拠? ないよ。ただの勘」

 このコの『根拠のないただの勘』は、どうしてこんなに自信に満ちてるんだろう。

 半ば呆れて二の句を継げないでいると、サイドブレーキを解除した諒くんは穏やかに笑って、こう言った。

「独身最後の夜遊びでもしませんか?」

『夜遊び』なんて言うから、どんなところに連れて行かれるのかと思いきや。
 着いた場所は、割とこぢんまりとした遊園地だった。
 深夜だし、騒音になるようなアトラクションのほとんどは、もう動いてないんだけど。
 園内各所に施されたイルミネーションがとてもキレイで、ずっと眺めてても飽きない。
 ただ、ちょっと惜しいのは、右も左も前も後も、カップルだらけってところかしら。

「昔ね、友だちと来たことがあるんだ」

 両腕を胸の前で組んで、寒そうに縮こまる諒くんは、ゆっくりと歩きながら、そう話し始めた。

「ハタチ過ぎくらいかな。お互い、恋人と呼べる人がいなかったから、じゃぁ一緒に行ってみようかって、軽いノリで来てみたんだけど」
「友だちって、……女の子?」
「うん」
「カノジョ、じゃなくて?」
「違うよ。本当に、友だちなんだって。それで、来てみたはいいけど、ほら、あっちこっちカップルでいっぱいだからさ、『友だちと来るところじゃないね』って結論」
「ふぅん……」
「……『ふぅん……』って。みっちゃん、僕が話してること、分かってないでしょう」
「分かってるわよ。昔、友だちと来たことがあるんでしょう?」
「…………やっぱり、分かってないし」

 白い息を吐きだした諒くんは、半分呆れたように笑った。

 毎度のことなんだけど、諒くんの話の真意がさっぱり分からない。
 私が不満げな顔を作ってみせても、諒くんは穏やかに笑うだけだ。

 夜空から舞い落ちる雪は、諒くんの根拠のない予想通り。
 降ったり止んだりを繰り返しながら、少しずつ弱まっていく。
 積もる気配は全くない。

「あっ、諒ク~ンっ!!」

 Andanteのなーこが満面の笑みで手を振って、ふわふわの髪をなびかせながら私たちの前を横切っていく。
 ……『Andanteのなーこ』、じゃないわね。
『諒くんの妹の奈々子ちゃん』、だ。

 あらあら……その奈々子ちゃんの隣には、諒くんと同じHinataの中川くん。
 腕なんか組んじゃって、二人とも楽しそうね。

『ウキウキしちゃってる』という表現が一番ぴったりな奈々子ちゃんに、中川くんが少し強引に引っ張られてるような感じに見えるけど。
 その中川くんも、どうやらまんざらでもなさそう。

 そんな二人を、諒くんはため息混じりに笑って、見送る。
 お姫様のように可愛い妹に、頼れる(の、かしら? )騎士がついてて、安心……といったところかしら。

「奈々子のことなんだけど」

 と、諒くんが再び口を開く。

「みっちゃんには、秘密にしておくつもりはなかったんだ。ただ、言う機会もなくて、……頭の中からすっかり抜け落ちてた」
「『抜け落ちてた』って……。大事なことなのに」
「そうだね。でも僕は、みっちゃんに兄弟や姉妹がいるのかどうか知らないよ」

 ……確かに。
 私、諒くんに自分の家族の話なんて、した覚えない。
 っていうか、したくてもできなかったんだけどね。

 だって、ただの友達としか思ってないかもしれない相手に、わざわざ自分の家族がこんな人でね……なんて、そんな話、しないじゃない。

 諒くんが私のことを(一応)カノジョとして扱ってくれてるんだと分かったのは、あの日。
 居酒屋の個室で、諒くんが「みっちゃんは、僕の『カノジョ』でしょ?」と言ってくれたときなわけで。

 その後ケンカして……結局、ようやく会えたのは、生放送特番のあったクリスマスイブ。
 つまり、今日だったんだから。

「……と、いうか、どうして奈々子が僕の恋人とかって、意味の分からない勘違いしたの?」
「それは……」

 少しだけ、迷ったんだけど。
 私、勘違いの理由を大まかにかいつまんで、諒くんに話した。

「僕の部屋に、奈々子が?」
「そう。私、あのコに追い返されたのよ、『新聞の勧誘』って」
「あ……もしかして、その時、僕……シャワー浴びてた?」
「……うん」
「そういうことか……」

 諒くんは、がっくりとうなだれる。

「要するに、みっちゃんは僕のことを信用していない、と」
「なによ。そんなこと、言ってないじゃない」

 私、片手でグーを作って、諒くんの肩に向かって突き出す。
 冗談だってば、と言いながら、諒くんは手のひらで私の手を受け止めた。
 寒くなり始めた頃に百円ショップで買った私の手袋は、もうかなり汚れてきてる。
 ……そこらのイルミネーションの灯りくらいじゃ、気付かれないとは思うけど。

 諒くんは寒いのが苦手なクセに、指先が出てるタイプの手袋が気に入ってるのよね。
 意外と、手のひらが温まれば、指先もそんなに冷たくはならない、らしい。

 私の手を、諒くんは両手で優しく包み込む。

 と、それまで穏やかに笑っていた諒くんは、突然、その表情を曇らせた。
 薄汚れた手袋の上から、指先で、私の指をぐにぐにと探る。

「……何で?」
「な、何が?」
「何で指輪してないのっ?」

 ……気付かれた。

「だ、だって、なくしちゃったら困るし、とか思って」
「スポッと抜けたりとか? そんなに簡単に抜ける訳ないよ。サイズ、ピッタリでしょ?」
「私、指輪のサイズなんて教えてないわよね」

 ……っていうか、自分でも知らないけど。

「もちろん、ちゃんと測ったよ」
「いつ?」
「みっちゃんが風邪で寝込んでるとき」
「どうやって?」
「せんべいの袋の止め具を、こう……指に巻いて」
「あの金色の、針金みたいのが中に入ってるやつ?」
「銀色だったよ」
「色なんてどうでもいいのよ」
「そうだね。とにかく、つけててよ。そういうとこ、マスコミってよく見てるからさ。あんなにみんなに迷惑かけておいて、『正式発表を前に破局か?』とか、言われたくないでしょ?」

 そう言って、諒くんは手のひらを上に向けて、私の目の前に差し出した。
 ……どうやら、『指輪を出せ』ということらしい。

 私、カバンのポケットに大切にしまっておいた指輪を……あれ?
 こっちのポケット……いや、このポケットだったかしら?

「……みっちゃん、まさか、失くしたとか言わないよね?」
「や、ちょっとそんなこと言わないでよ。ええっと……あっ、ほらっ、あった」
「なんでコートのポケットから出てくるの? 最初に探してたの、カバンの中でしょ?」
「おっかしいわね。カバンにしまったと思ってたのに。私も、もうトシかしら」

 あはは、と笑って誤魔化す私に、諒くんは呆れ顔。

「もう、本当に、しっかりしてよ。ボケるにはまだ早いよ」

 諒くんは私の手のひらから指輪を拾い上げて、手袋を取った私の左手の薬指にゆっくりとはめた。

 なんだか、不思議な感じ。
 つい数時間前まで、もう二度と口もきけないと思ってた。
 それなのに、今はこうして、何事もなかったみたいに二人で笑ってる。

「……ん? あれ? 見て、みっちゃん。観覧車が止まってる。……あっ、直くんだ」

 そう言って諒くんは観覧車を見上げて、両手で大きく手を振った。
 動きが停止してしまった観覧車のどこかに、同じHinataの樋口くんが乗っているらしい。

 こういうとき、もしも、好きな人と一緒に乗っていて頂上で止まったらラッキーだけど。
 中途半端な位置で止まっちゃったら、この上なく不運よね。

「みっちゃん。動いたら、乗る? 観覧車」
「すごく並んでるし、いつ動くか分かんないから、いい」
「上から見る夜景はいいよ。絶景だよ。レインボーブリッジが見えるよ」
「レインボーブリッジなら諒くんの部屋からでも、見えるじゃない」
「かなり遠くにね。じゃぁ、そろそろ帰ろうか?」
「え? ……もう?」
「僕の部屋のベランダから夜景を見るっていうのは、どう? プリンでも食べながら」
「…………諒くん、寒いから帰りたいんでしょ?」
「いや、そんなことないよ」

 どうしてここで強がるのか、理解できない。

 諒くんはクスクスと笑って、ゆっくりと歩き出した。
 手袋をはめてない方の私の手を、しっかりと握りしめて。

 毎度のことながら、私の意見を聞く気はまったくないらしい。
 ……別に構わないけど。

「あ、ほら。雪、完全に止んだよ。僕の言ったとおりでしょ?」

 普段とは逆になってる立ち位置に違和感を覚えながら。
 普段見てるのとは逆側の横顔に、思わず見惚れてしまう。
 特別な感じの漂う、クリスマスイブの夜の遊園地。

 だけど、私はやっぱり。
 いつもどおり、諒くんの部屋で一緒にプリンを食べてる方が、きっと落ち着く。

 レインボーブリッジよりも近くにある諒くんの横顔を、彼の左側から眺めながら、ね。

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